第2話 6/29
テオが腰掛けたのは蝙蝠たちの屍から数歩のところだった。休憩という言葉を聞いてすぐ、倒れ込むように座った。間もなくメイドがテオに水筒を渡しに来た、テオはメイドから水筒を受け取ると直ぐに口をつけた。
「アイン君は冒険は不慣れなようだな」どことなく明るい口調で剣士が言う。水で口をいっぱいにしたテオが返事をできずにいた。
「よいよい、だがあまり水を飲み過ぎるな。なに、水に余裕がないわけではないんだ」
テオが口に含んんだ水を飲み込む。
「あまり飲み過ぎると歩けなくなる」
「そんな事が」飲み込み切れなかった水があったのかテオが咳き込んだ。
「一度に飲むと身体を冷やし、足に力が入らなくなるからな。水は少しずつチビチビと秘蔵の酒を嗜むがごとく飲むがよい」
「すみません。あまりキツイお酒は…… 」
「そうかそうか、あまり呑まんか」ハハハと言いながら剣士がドカとテオの正面に座り込むと水筒の口をひねった。
「剣士さんは…… もしかしてテルトスさんのお知り合いとかでしょうか?」
「知り合い、だな。なぜそんなことを聞くんだい?」
「いえ、あなたほどの腕前の冒険者が…… そうですね、僕程度の護衛を引き受けるとは思えなかったもので。それに、憲兵隊が出す予算なんて限られているでしょうし」
「ハハッ、確かに報酬と呼べるものは無かったな、まあ、事務局長に直接頼まれたもんでね。どのみち5階層に行く予定ではあったんだ、だがあの事件以降ダンジョンの4層以降が閉鎖されてしまったままだろう? 君の護衛のついでなら許可が出せると聞いてね」
「なるほど。それなら納得です」
「ちなみにアイン君。君には私がどのような腕前に見えているんだい? 」
「え? 腕前ですか? 凄腕だなぁとしか」
「凄腕か。ははは、嬉しいものだな」
「僕というよりも、あの」
テオが大蝙蝠からの素材を集めるチャーロを見た。
「彼女が、たぶん貴方の事を超一流だって」
「ほう彼女が」
「ええ、歩き方を見て言ってましたね。ただ…… 」
「ただ? 上空への警戒が疎かと、そう申しておったか?」
テオが答えにこまるような顔をした。
「よいのだ、師からも口すっぱく言われていたからな。事実だ」
「もしかして剣士さんも剣聖様の一門ですか?」
「わかるか?」
「ええ。被害者のテルトスさんも剣聖様の教え子だと聞いたので、もしかしてと」
「ははは、そこからか。私はてっきり太刀筋が師に似てきたのかと。そう期待したよ」
「すみません…… 」
「よいよい。考えてもみれば君のような年齢であれば師は歴史上の人物だからな」
「はは、まさしく歴史上の人物ですよ。ただ、伝記に聴く剣聖様の剣捌きは、もしかしたらこうだったのかなと、そう思える剣捌きでした」
「ははは、うれしい事を言ってくれる。ま、年寄をほめたところで何も出ないがな」
「僕がダンジョンで見捨てられる事は少なくなりそうです」
水筒から水を飲んでいた剣士が水を噴出しかけ「そう笑かすでない」と言った
「して、アイン君。君は見捨てられるかもしれないと思っておったのか?」
「疑うわけではありませんが。なんというか、万が一の事も考えて、といったところです」
「そうか。まあ、それは人として当然の事ではあるからな…… して、おぬし。その慎重な性格、意外と冒険者に向いているのではないか?」
「僕がですか? 僕は簡単な魔法も使いこなせない不器用な人間ですよ」
「そうか、それは残念なことだ。まあ、人それぞれ向き不向きがあるからな」
「ええ。それに噂に聞く冒険者同士のイザコザが僕には肌が合わないようです」
「そうだな。一昨年の王命があったとはいえ、冒険者というのは妬み嫉みが強い者。足の引っ張りあいだけでは済まず、人同士の殺し合いも日常茶飯事」
「ええ、王命以来さすがに件数は減ったと友人の憲兵中尉が言ってましたが、それでもその友人は寝る間も無く事件の解決に勤しんでます」
「そうか。友人というのが事務局長から聞いた、表向き昨日の事件を解決したとかいう憲兵中尉か?」
「ええ、その人ですよ。表向きというか逮捕したのは彼女ですから、事件を解決した中尉です」
「ただし、犯人を言い当てたのは君だったと、事務局長からはそう聞いてる」
「そう、ですね。犯人を言い当てたのは。僕ですが…… 僕には捜査権という物がありませんから」
「そうだったな。たしか本職が…… 」
「アカデミーの研究員です」
「そう、たしか歴史を研究しておるとか」
「ええ、そうなんですが。それも事務局長さんからお聞きに?」
「ま、そんなところだ。今回5階層に赴くのも、事件の捜査で、とも聞いておるが誠か?」
「はい。その憲兵中尉に頼まれましてね」
「なるほど。では尚のことキチンとアイン君を5階層まで送り届けないといけないな」
「ほらぁ。万が一の時は見捨てる気だったんじゃないですかー」
「ははは、冗談だ、冗談。許せ」
「まぁ。そうだとは思いましたけど」
「そう、先の王命が下るにあたった談話の際、強き立場にあるものが迷宮内において窮地にあるものを故意に助けなかった時、これもまた罪にすべし。と、国王陛下は仰ったそうだ」
「らしいですね。発言を受けて立法府が立案中とか」
「お、よく知ってるな? 例の中尉からか?」
テオが「ええ」と頷く。
「友人の中尉が言うには、強き立場をどう明文化するかで苦慮しているとか」
「らしいな」はははと笑った剣士が続ける「マセキの産出量を上げるため、冒険者どうしの殺しを禁じるまではよかったのだがな」
「ええ、むしろ迷宮内は無法地帯だったというのも驚きですが」
「そうだな。まあ、禁じたとて、それを罰する物がおらねば法とは言えんからな。各々の管理組合ギルドに任せるしかなかったというのが実情だがな」
「なるほど、そう言われてみると、、、にしても剣士さん詳しいですね?」
「私か? あー、そうだな。剣の腕を買われてアドバイザーの様な事をしていたからな」
「へぇー、それは凄い」
とテオが言った時だった、チャーロの「採集おわりましたー」という声が聞こえてきた。
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