第2話 5/29

3人が迷宮の門を抜けてすぐだった。


「せーんせ」


背嚢が重たいらしく腰を少しかがめた女性がいた、彼女はこちらに手を振っている。


「ん? チャーロさん?」


「あ、覚えててくれたんだ。な・ま・え」


「え、ええ。もちろんですよ」


「ほう。アイン君、知り合いかい」剣士のカチャリという装備の音と同時だった。


「ええ、知り合いといいますか…… あ、昨日の事件の第一発見者の方ですよ」


「今日は皆さんの案内役を務めまーす、チャーロでーす」ヨロシクーといいつつ両手を振る。


「チャーロさん、こちら剣士さん。訳あって名前は明かせないって。で、そちらのいかにも魔導士なのが、剣士さんのメイドさん」


剣士がよろしくたのむと言い、メイドはペコリと一礼した。


「えぇー! 名前明かせないってなにー! それにメイドさんってどういうことー! ちょーワクワクするんですけどぉ!」


「故あってな、チャーロ殿よ許せ」


「殿なんていいよー! チャーロって呼んで! もちろんセンセもね」


「はは」とテオがはにかむ。


「で、チャーロよ。よく迷宮は来るのか」


「毎日! 最近は2階層までいくよー!」


「おお! それは心強いな!」


「うん!だから案内はまかせて! ってかウチも聞いたよー! 剣士さんメッチャ強いってぇ!」


「事務局長からか! ハハッそれほどでも、ある!」


その時、先ほど聞いた音と同じカラカラという音がする。


「ゆくか!」という剣士の掛け声がすると、ゴンという音がした。直後に門が閉じ始める、ギギギという音に混じり「ポジションは」という剣士の声がした。


「私が先行し、その後ろをアイン君とチャーロ。メイドはそのすぐ後ろだ」


言い切る前に剣士は歩き始め、数歩ゆくと抜剣した。


「ヒュー。ねえセンセきいた?」


先ほどまでの高めのテンションが嘘のように小声でチャーロが言った。


「何をですか?」


「抜剣のおとっ」


チャーロに腕を掴まれ「いこっ」と促されたテオが歩き始めた。


「音? 聞こえませんでしたけど」


「っしょー! あんなに静かに抜剣できるってゼーッたいヤバい人だわ」


「え、そうなんですか?」


「そーなの! 鎧もピッカピカだし、鞘なんて何あの宝石ぃみたいな感じで、それにぃ、あの中身!」


「中身?」


「剣よ! あれ、たぶん…… 」


急にチャーロがテオの顔に近づく、すると「オリハルコン入ってる」と耳打ちした。


「文化財級じゃないか!」


「そーなのよ! やっばぁ…… ぜーったい一流の冒険者ね。それもちょーがつく一流」


「そうなんだ。よかった…… 」


「よかった??」


「いゃあ、なんて言うのかな? 僕、迷宮は初めてというか、ちょっと不安で」


「あぁー、わかるー。あの剣士さんパッと見ぃ胡散臭いもんねー」


「うさんく…… 」


「だってぇ、あれじゃん!いかにも貴族が取り敢えず鎧だけはなんとかしました!みたいな装備じゃん!金にもの言わせて外面だけなんとかしました的なー!でもほらっ!」


グイッとテオの腕が引っ張られる。


「あの歩き方! わかんないかなぁ?」


「うん」


「だよねー 進行方向と切先が別なのわかる?」


その時にちょうど暗闇から音がした。2時の方向だった、ちょうど剣士が剣を向けていた先だったが、音源を捜さんとしたらしい剣士の顔がその方向に傾く、傾くと同時に切先は進行方向を向いた。モンスターが居たらしいがこちらを襲うこと無く去った。

一行はしばらく迷宮を進んだ。進みながらもチャーロは剣士を観察しているようだった。おもむろにチャーロが口を開いた。


「いやー!きたー! この人ほんもんだわ!この20分でセンセもわかったっしょ!」


「いやー」


「わかんないかー」


そこで束の間、会話が途切れた、テオたちは数歩すすんだ。しばらくしてチャーロが「例えばさ」と切り出した。


「センセが1人で…… 迷宮にいて、んで剣もってて。そん時、ガサゴソっと音がする」


「あー、そっか。僕なら立ち止まっちゃうなぁ」


「あー、立ち止まっちゃうかぁ。だよねぇ。でもねウチら急いでんの。ちょっとの事で立ち止まって確認なんてしてらんないの。どうする?」


「どうする? って歩きながら確認する?」


「そそ!そーなの! そのときセンセならどーする?」


「どうするって言われてもなぁ。どうするんだろ」


「そーね、迷宮はじめてだもんね、わかんないね。だいたいのねー、慣れてない人はぁ、剣も目線も意識もそこに向けちゃうの」


「あー確かに」


「あの人はどう?」


また暗闇から気配がした。剣士が音の方に向き反応する。


「剣の向きと顔の向きがバラバラ……? 」


「バ、バラバラ…… センセー、剣士さんに怒られちゃうよー? バラバラじゃなくて、どの方向も警戒してんの」


チャーロがテオの腕を離す。


「え、あー。うん。わかってたよ。バラけさしてたんでしょ。いろんな方向に、バラバラに」


「ほんとにわかってんの? うけるー」キャハハと笑いながら1歩先を歩き出した。


「すごく、その。詳しいんだね」


「詳しいのかな? あーしみたいな冒険者には常識っしょ」


「あーしみたいな?」


「そそ、あーしみたいな…… ちょっとした補助魔法と初級の回復魔法が出来るだけの荷物持ち。めちゃ頑張って1階層の道を覚えて、新しい罠が発見されればそれも覚えて。やっと覚えきったなって思った頃には1階層の構造変わっちゃって。身体が迷宮の魔素に慣れれば強い魔法を覚えたりとかするよって言われてたけど、ぜんぜんそんな事も無くてさ、この1年ずーっと誰かの荷物持ち」


「苦労してるんだね」


「そそ、苦労してんの! でもさぁ、おかげでさぁ、出来る冒険者やつとできない冒険者やつとがパッとわかるようになったよね」


「へぇー。じゃああの剣士さんはできる人なわけだ」


「ううん、実はねぇ。そうでもないっぽい」


「あれ?」


「身のこなしは超一流なんだと思う。でもねぇ、なにかねぇ、違う」


その時、ふたりの後ろからスイカ大の火球が飛んでくる。火球は二人の頭上を越えたところを通り過ぎたが間もなくして弾け飛んだ。

チャーロが腰を抜かし座り込んでしまっていたテオの手を引き起こす。


「わかったわぁ。剣士さん、頭上への警戒がいまいちなんだわ」


「そ、そうなんだ」と言いながらテオは尻に着いた埃をはらう。その横をモーニングスターを片手にメイドが駆けていった。

火球に当たったらしい1匹のモンスターが炎を纏いながら落ちていた。その炎が暗闇を照らすと何匹かの黒い影がゆらゆらと蠢いている事がわかった。その陰をしばらく見たていたチャーロの顔色が途端に変わった。


「1階層に大蝙蝠ってどいうこと!」


というチャーロの言葉が合言葉のようになって乱戦が始まる。メイドが上空に再び火球を放つ、火球は外れたが群れの上空で弾け細かな火球となる。その火球の小片を避けんとした大蝙蝠が地面すれすれを飛ぶが剣士によってあっさりと狩られる。ものの数分で焼け落ちた大蝙蝠と真っ二つになった蝙蝠があちらこちらに並べられた。


メイドが剣士に何かを言ったかと思うとモーニングスターをローブの内側に仕舞った。


「少し早いが休憩とする」


と、剣士が言った。

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