第2話 4/29

テオが王立迷宮ダンジョンの入り口前に着いたのは午前9時に後5分でなろうとしている時だった。管理組合ギルドの事務局長が彼を見つけ手を降る。事務局長の他に数名が迷宮を塞ぐ大門の前に集まっていた。


「ほな、これで全員やね」


との事務局長の言葉に「お待たせしてスミマセン」とテオが反応する。


「全くだな」ハハハと事務局長の横で腕組みした剣士風の男が言った。


「まあ、時間前やねんから許したってぇな。アインさん紹介するわ、今回5階層までの護衛を引き受けて下さった…… 」


「とある大物剣士だ、訳あって名前は明かせん。ただ単に剣士と呼んでくれて構わない」


剣士はその白い髭を蓄えた口元から腹に響くような声で言いながらズイと一歩前に出る、そしてテオに握手を求める。

テオは右手に下げていた猫の入った籠を地面に置き握手を返した。


「あ、あぁ。はい、剣士さんですね。よろしくお願いします」


「アイン君だね。噂はよく耳にしているよ」


ふたりは握手を終える、テオは剣士の握力が強かったのか手を開け閉めしていた。


「ウワサ、ですか…… 」


「昨日も活躍されたそうだ」と剣士が事務局長を見た。


「そうなんですわ。意外な人が犯人でしてなぁ。いやー、アインさん。昨日はご苦労さんでした」


「い、いえ」とテオが顔の前で手を横に振り謙遜する仕草を見せる。


「その話も5階層までの道中で聞かせて貰おうか。あとこいつが…… 」


そう言った剣士が後ろを向いた、そこには三角帽子に暗い色の外套を羽織った女性が立っていた。テオと目があったがすぐに目を伏せた。


「普段は私のメイドをしておるのだがな。剣の腕前以外は私以上だ、今回は後衛の要として同行する」


魔導士服のメイドがペコリとお辞儀をした。


「自己紹介はこんなもんでよろしな」と事務局長が言う「あと、もう一人が1階層の案内役として、先に迷宮に入ってもろうてます。扉、入ったところで待機させてますから合流をお願いしますわ」


「案内人は不要だと言っておいたはずだが?」若干怪訝そうな顔で剣士が事務局長を睨んだ。


「いや、先月もそない言うて1階層で迷ってましたやんか」


「そうだったな」はははと剣士が笑った。


「で、アインさん。その猫ちゃんはどないしますんや? まさか連れて入るとは言いませんなぁ」


「あ、どうしよう」とテオが言い猫を確認すると猫が籠に付いた戸をカリカリとし始めたところだった。


「ネコさんはお散歩の気分ですか」と言いしゃがむと「行っておいでと」籠の戸を開けた。

猫が大門の横の山肌を駆け上って行った。


「ええんでっか?」


「えぇ、賢い子なので。事務局長さん籠だけ預けてもよろしいですか」


「そら、かめへんけど」事務局長がテオから籠を受け取る。


「アインさん。心の準備はよろしい?」


「はい、覚悟は決めてきました」


「それはよろしい。ほな」と言った事務局長が大門を向き右手を上げた。


「おねがいしまーす! かいもーーん」


カラカラカラカラという軽い金属音がした。続いてゴンという鈍い音が響き門が開き始めた。15度ほど開いたところで剣士とメイドが歩き始める。遅れてテオが後ろを続いた。

一行が門の隙間に到達した頃。事務局長の「気ぃつけてなー」との声が聞こえた。


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「やっぱり家のベッドがいいですね」


下宿のベッドで布団にくるまりテオが言う。


「であるか。しかし、ポロの方が外は寒かったが宿は暖かかったのう」


ベッドサイドの椅子でくつろぐ猫が言った。


「あぁ、たしかに。この部屋は隙間風が入りますからね」


「隙間風か…… そういえば、うぬは感じたか?」


「風ですか? 今も頬に感じてますよー」


「違う違う。ここではなく、迷宮においてじゃ」


「迷宮で? ですか?」


「あぁ、3階層では常時、風が吹く」


「え、そうなんですね。気が付かなかった」


「迷宮の隙間風などと呼ばれておるな」


「あぁ、そうか大魔導士様が命名の」


「である。そう言えばうぬには解るのだな」


「いやー、そうですね。にしてもすっかり忘れてたなぁ、この肌で実際に感じる良い機会だったのに…… 」


「また行けばよい」


「えー。嫌ですよあんな物騒なところ」


「そうか? 命名こそ小娘だがのう。風が吹いておる事を始めに感じ取ったのが旧友ともであってもか? 」


「え…… そうなんですか!」


「ほほほ、やはりうぬでも知らんかったか」


「今日は初耳な事が多いですよ」


「であるのう…… あれは魔王を討伐してしばらくの事じゃったな」


「あー。もしかして、剣聖様と大魔導士様が迷宮で一時行方不明になってって時ですか?」


「であるな」


「たしかその時は4階層で迷子になった二人を見つけて」


「うむ、4階層で川に流され方向が解らなくなった二人を見つけてな、助けて帰るところであった」


「川があるんですか? 泉が沸いてると聞いた事はありましたが」


「あぁ、なかなかに立派な川じゃ。あの日は次の階層にすぐ行ったゆえ見れんかったな」


「5階層も植物があるとは以前から聞いてましたが、ほんとに森があったし」


「3階層は風が吹き、2階層はあちこちで煤が出おる」


「1階層は黴臭くて」


「1階層だけがまるで書庫のように入り組んでおる」


「書庫ですか?」


「ああ、旧友ともはそう言ったのう。1階層だけが壁が動き構造が変わる、まるで本棚が動くようにとの」


「本棚…… 大きな書庫だと。稼働式の本棚がありますものね。1階層が本棚…… 2階層の煤、インク…… 」


「お、気が付きおったか?」


「まさか、ネコさんは知ってたんですか?」


「いや。我ではなく旧友ともがの、王都へ帰る途中ぽつりとそう言った。昨日までなかったところに急にスクロールが現れる」


「そうか、だからスクロールが現れるのは1階層だけなんですね」


「うむ、旧友ともは何故1階層だけにスクロールが現れるのかが不思議であったようだがの」


「それをずっと考えてたんだ…… 」


「ああ。それで後日、迷宮5階層への転移魔法陣を発見するのじゃな。旧友とも曰く紙の原料となる草を栽培するところ、そのための階層があるはず。との」


「なるほどですね。スクロールの生産をあの規模でするなんて、やっぱりすごいなぁ古代人にその文明も。そして、それに気が付く勇者様も」


「であるな。まあ、うぬも気づけたのだ、誇りに思えぃ」


「僕はネコさんのヒントがあってこそですから。でも、すごいな学会に発表すれば大騒ぎですよ…… でも、まてよ。なぜ勇者様はそのことを発表しなかったんだ?」


「ほれ。5階層に到達してすぐ、6階層への魔法陣が見つかったろう。旧友ともの中ではその事がひっかかったようであるな」


「あぁ、そうか。スクロールの生産工場ということであれば1から5階層で事が足りそうですものね。たしかになぜ6階層があるんだろう…… 今では7階層、8階層と発見されてますからね」


「そのへんはうぬが考えればよいのではないか? アカデミーとやらの仲間うちでのう」


「ええ、そうですね。それがアカデミーを立ち上げた勇者様の願いであるかもしれません。明日はアカデミーで迷宮について調べてみますよ」


「ん、それがよいかもしれん…… うぬよ」


「はい?」


「寝るかの?」


「ええ、そろそろ」


「灯りは消すか?」


「いえ、点けておいて大丈夫ですよ。読むんでしょ? 緋色の研究」


「ああ、借りたからにはのう」


「感想の言い合い、しましょうね」


「もちろん」


「では、おやすみなさい」


「うむ。ゆっくりとの」

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