第2話 3/29

「そうか…… その後はどうなったんだ?」


「にゃ、7階層まで行った憲兵隊員を護衛してたおばちゃんたちが戻ってきてからは早かったにゃ、ちにゃみにその頃に私と曹長がポロに着いたにゃがね。おばちゃんたちが戻ってすぐ、5階層の森の中で被害者の血痕をモンスターを追い払いながら辿っていたグループが被害者の遺留品を発見したにゃ」


テオが資料の中から1枚の写真を見る。

写真には何者かの右手と、その右手に握られた抜身の1本の長剣が納まっている。


「被害者の物だとの確認は誰がしたんだ?」


「血痕をたどっていたグループを護衛していた組合長ギルドマスターにゃね、後に5階層で営んでる鍛冶屋、被害者も利用していたらしいがにゃ、その鍛冶屋にも確認済みにゃ」


「なら間違いはなさそうだな」


写真と共に綴じられた用紙を見ると地図が載っていた。先ほど見た遺体発見現場の資料と同釈の地図で赤色の×印の横に青色で×印が引かれていた。今度は青い印に被るように濃い線が引かれていた。


「被害者の長剣が発見されたところはちょうど崖下ににゃっていてにゃ。森の中を逃げていたものの崖下に追い詰められ、負傷」


「待ってくれ、さっきは聞き間違いかと思ってスルーしたが。ダンジョンの中に森があるのか?」


「にゃー、あるぞ。5階層は特別でな。天井に大きなクリスタルが何個も埋まっててにゃ、そこから日光が入り込んでてにゃ」


「あるんだ…… あるならいいよ、続けてくれ」


「いいのか? いいにゃら続けるが」


「あぁ、時間も無いしな」


「にゃ。では…… 」


「崖下に追い詰められ負傷。からだ」


「にゃ。崖下に追い詰められ負傷したが何かしらの理由で犯人は止めを刺さなかった」


「そんな事があり得るのか?」


「にゃ、私も納得がいってにゃいところにゃのだがにゃ。組合長はじめ食堂のおばちゃんたち曰く、このタイミングで赤狼の群れに出くわしたんじゃないか? と、にゃ」


「しっくりこないな」


「にゃろ? まあ深手を負った被害者は後回しで。先に犯人、もしくは犯人達、に狼が襲い掛かった。そう、組合長は考えたらしいのにゃ。曹長曰く『迷宮のモンスターは頭がいい個体も現れますから、群れの維持の為に犯人を襲ってから被害者を捕食すればいいと考えるモンスターがいてもおかしくは無い』らしいにゃ」


「そうか…… ダンジョンだからな、常識は通用しないか」


「にゃ。そう考えるのがいいかもにゃ」


「この時に犯人はモンスターに襲われてすでに死亡なんてことは無いよな?」


「事件から1週間目の時点で入迷宮者リストに記載の人物全員の生存が確認されたにゃ。もちろん被害者は除いてにゃ」


「そうか。ま、辛くも一命はとりとめたものの」


「ダンジョンの中を彷徨い、出血多量で力尽きたと…… でも、なんで剣がそこにあったんだ?」


「被害者の使っていた長剣は特注でにゃ。まぁ、冒険者はだいたいが特注にゃが。傷の深さを考えて重たい長剣は置いて助かることを優先したのでは? というのが組合長の見解にゃ、曹長も他の捜査員もおおむね同意したにゃね」


「重たい剣を置いて、歩ける距離を稼いだ。と? 剣士が?」


「にゃ、被害者はある程度の攻撃魔法も使えるようでにゃ。モンスターを追い払うだけなら魔法だけで済むからにゃ、剣を捨てる決断をしたのもさもありにゃんだと」


「なるほど。剣聖様のお弟子さんだからてっきり剣技一筋かと…… 」


「にゃ、私も最初はそう思っていたがにゃ。ある程度、魔法剣士の冒険者として名を上げてから弟子入りしたらしいにゃ。弟子入りしてからは剣を剣聖に教わり、黒髪の勇者にゃらどうしたかと魔法を絡めた戦い方を剣聖に聞き、めきめきと実力を伸ばしたんにゃと」


「そんな冒険者が後ろから刺されるねぇ」


「だにゃあ、とは言え傷は腹を貫通せず肝臓までだからにゃ、辛うじて剣が届いたって感じにゃね」


「刀剣類を得物にして、その日、その時間、ダンジョンの5階層を出入りできた人物に限れば……」


「にゃあ。目下その作業に勤しんでおるにゃね」


「被害者に関わりがある人物は」


「いにゃい」


「被害者に一太刀浴びせられる腕前で…… 」


「アリバイの無い者はいにゃい」


「だもんなー」


「てにゃ事で、お次は迷宮にいなかった事ににゃっているが、被害者に怨みのあるもの、獲物が剣で腕前が確かなもの。あたりを捜査に加えるにゃ」


「迷宮にいなかった事にって、どういう事だ?」


「なにも迷宮に出入りできるのは冒険者だけじゃないにゃ」


「あれか商業組合か」


「ご明察ー」


「運び屋に扮してなら入迷宮は可能か」


「だにゃ。迷宮管理組合が管理するリスト上の怪しい人物は国外逃亡できない様に事件当初から監視しているがにゃぁ」


「そうか、事件から一月ひとつき近いからな。逃亡している可能性が高いか」


その時、部屋のドアがノックされた。「アイン様、お車がお付きです」とホテルマンの声がドア越しに届いた。


「じゃあ、行ってくるよ」


とテオが言うとすぐさま「すぐ行きます」と大きめの声でホテルマンに答えた。


「にゃ。私が同行できず済まにゃい」というツウの言葉をテオは残ったコーヒーをぐいと飲み込みながら聞いていた。


「あとにゃ、曹長からも説明があると思うが、明日の朝6時にはダンジョンの5階層を出発してくれ」


「ああ。ん、なかなかにハードだな」椅子をガタと言わせテオが立ち上がった。


「明日の王弟殿下の視察に間に合わせようと考えるとそのスケジュールになる」


「そういう…… 」


「睡眠も6時間は取ってくれよ。あと、問題が無ければ片道は8時間ほどだ、捜査に充てられる時間は逆算すると6時間程度となる」


「短くないか?」と言いながら上着を羽織る。


「テオにゃら大丈夫にゃ」


「あまり期待するなよ」


ドアまで歩くテオに「気をつけてな」とツウが声を掛ける。


ドアを開けたテオが「ありがと、あまりベッド滅茶苦茶にすんなよ」と言った。


「にゃ、バレてたか」という声がしたのはドアが閉まる間際だった。


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「して、何がバレたのかの?」


テオが遅い夕餉に使った食器を洗っていた時だった。


「あぁ、あいつよく夜勤明けは僕のベッドで眠むるんですよ、少し前までは許可を求めてくることもあったのですが、いつの頃からか無断で眠るようになりましてね」


「ふむふむ。うぬが用を足しておる間、うぬが脱いだ服をベッドに運んでおったが、そういう事であったか」


「そういう事ってどういう事ですか…… てか、あいつそんな事までしてたのか」


「おぬしの靴下なぞ臭くてかなわんのにのぅ。あの娘は何がよいのやら」


「え、ぼくの足…… 匂います?」


「ほどほどにの。まあ、小僧よりはマシよ」


「こぞう、剣聖様ですか? 臭かったんですか?」


「あぁ、臭かった」


テオが己が足先を見つめる。すると「ほほほ」という猫の笑い声が聞こえた。


「そう。ある日、魔物の群れに襲われての。一体一体は弱かったのじゃが数に苦戦してな」


「え、いつの話ですか」食器を洗い終わり手をふきながらテオが言う。


「あれは四天王の城を旧友ともが脱出した後じゃの」


「あぁ。森を抜けるのに苦労したという」


「あぁ、旧友ともや小僧、小童に小娘たちであれば3日もかからんであったろうがな、戦えない者を連れての撤退というのはつらいものがあるでの」


「公爵夫人と令嬢と他にメイドが一人でしたっけ?」


「で、あったかのう? もう少しいたように思うが…… 」


「史料に記載が無い人は…… 護りきれなかったのかもしれませんね」


「かもしれんな。なにせあやつらは毎夜毎夜襲ってきたのだ。決して拠点まで一直線に戻っているわけでは無かった。ランダムに移動し、偽の夜営跡まで残したのにも関わらずだ」


「偽の夜営跡…… 初耳ですね」


「であろうな。小僧も小童も後の国の元老よ、恥ずかしい話は削除したか、周りが慮って無き事としたか」


「恥ずかしい話ですか?」


「ふ。あれは追手の夜襲が始まって4日目の事であったな。ほら、夜襲があると眠れんだろう」


「そう…… でしょうね」


「まあ、眠れんのよ。4日目となると疲労もピークに達してくる。前日に偽の夜営跡まで残したからにら今日は眠れる、そう思っていたゆえ余計よの。その森は深い森であったからな、昼間といえど地元の詳しいものがおるからこそ移動ができる、夜は下手に移動すればどこに行くかわからんからそこに留まるしかない、であれば眠て体力を回復させるしかない。それが夜襲で眠れんとなればなかなりキツイものがあったようだのう。しかたなく昼間も手ごろな場所を見つけては休憩をとり順番に仮眠したのだ」


「大変そう…… 」


「我は平気であったがの」


「まあ、ネコさんは人じゃないから」


「であるな。その小休止では旧友ともと小娘が歩哨となった、要は小僧と小童が仮眠をとったのじゃな。それもしばらく、小童が騒ぎだした」


「賢者様がですか? 珍しいですね」


「あぁ、たしかにのう。あんなに取り乱したのは珍しかったかもしれんのう」


「取り乱した…… 」


「あぁ、取り乱した。お前の足が臭くて眠れん! とのう」


「なにそれ」ハハハとテオが笑う、笑いながら先ほどまで食事をしていたテーブルに戻り座る。


「いやぁ、たしかに臭かったのだ。我もしばらく距離を取っていた」


「まぁ、ネコさんはに匂いに敏感ですから」ハハとまたテオが笑う。


「やがて喧嘩が始まった。お前の足も臭いが靴下がとびきり臭い、ここで脱げという小童に対し。俺に靴ずれをしろと言うのか、痛みで剣筋がにぶったらどうしてくれると小僧が反論した」


「はは。人間、追い詰められると些細なことでも我慢が出来なくなりますからね」


「であろうな。喧々諤々の末、小僧が靴下を脱ぎ小童の足元にたたきつけた。すかさず、すかさずじゃ、あの時の小童は早かった。小童が詠唱も無しに火の魔法を放ち靴下を焼き切りおった。ほほほ」


「いやー、なんだか賢者様らしくないなぁ。勇者様は止めに入らなかったんですか?」


「あぁ、公爵令嬢とイチャイチャしておったからのう」


「あちゃー、実際の敵への警戒はネコさんに任せちゃった訳だ」


「そういう事よの。まあ流石に靴下に魔法をぶちこんだ、そのすぐ後には『魔力の無駄遣いはやめろ』と小娘が仲裁に入っておったがのう」


「いや、仲裁の仕方…… 」


「であるな。だがこの魔力、無駄にはならんかった」


「いやー、まさかぁ」


「いや、そのまさか。敵は小僧の足の匂いを目印に夜襲をかけてきておったらしくの。その晩5日目にして初めて、夜襲が無かったのじゃ」


「ほんとですかー?」


「本当じゃて。その証拠に、夜襲が無くなったばかりでなくの、また次の日にはオトリに使ったのじゃ」


「剣聖様の靴下を?」


「靴下をというよりも小僧そのものをという方が正しかったのう。小僧ひとり湯浴みをさせずに森の中の窪地伏せさせてのう、そこに敵の大アリどもを誘い込んだ。小僧の廻りには罠を仕掛け、その罠に驚く敵の退路を旧友ともが小童が塞ぎ追い立てる、敵が密集したところを小娘の魔法と我のブレスで一網打尽よ。ほほほ」


「楽しかったですか?」


「ああ、あの夜は。久々にの」


ほほほほという声が王都の夜に響いた。

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