第2話 2/29

「そういえば王族が来るって本当か?」


テオがそう言ったのは2人が朝食を済まし、ホテルのスタッフが食器を持って部屋を去った後だった。


「にゃ、明日の昼にポロに到着するらしい、夕方には憲兵詰所に視察に来るとの事にゃ」


「誰が来るんだ?」


「王弟殿下だ」


「なんと、これまた」


「にゃ、剣聖の弟子のひとりにゃね。組合長同様、兄弟子の一人として捜査状況をとぉっても気にしているとの事にゃ」


「あー、ね。てことは、それなりの報告が必要ってことか?」


「そういう事にゃ、報告次第では少将の首が飛ぶにゃ」


「少将…… 憲兵隊本部の?」


「にゃ」


「それはいかんな」


「にゃろ? お前さんの小遣い稼ぎは今のところエーマー少将あってのものだからにゃ。後任の将官が今まで通りの協力金を出すかは不明にゃ」


「それはいかんな。集合は迷宮前に9時だったな?」


ふたりが時計を見た。


「1時間はあるにゃ。資料の読み直しか?」


「付き合ってくれるか?」


「もちろん!」


「おし!でもその前にトイレ」


_

__

___


「そういえばエーマー少将とは何者なのだ?」


王都のテオが借りている下宿に着きしばらく、夕餉と呼ぶには少し物足りない食事をとっている時だった。


「ツウの上官って言うんですかね、僕も数えるくらいしか合ったことは無いのですが」


「ほう、猫娘の。猫娘は中尉であったな?」


「ええ」


「であれば他にも上官と呼べる者がおるかと思うがの?」


「ええ、佐官が何人かいるようですがツウはなにかと少将に相談をしているようですね」


「まことかのぅ」


「ええ、その証拠というと大袈裟ですが。僕が事件を解決するでしょ、するとツウが協力金がどうのこうのって書類をですね、持ってきてここにサインしろって言うんですね」


「うむ」


「その書類にすでに少将のサインがある訳なんですよ」


「それが証拠となると?」


「なりませんか?」


「わからん」


「ですか」


___

__

_


二人は朝食が片づけられたテーブルに資料を広げた。

ツウが一枚の用紙を手に取った。


「今回の事件の被害者は王立迷宮所属の冒険者でマーラム・テルトス氏、死亡当時は52歳、亡くなった1週間後が誕生日だったみたいにゃね」


「亡くなってそろそろ1ヶ月が経つのか」


資料の日付を見たテオの口からそう言葉が漏れた。


「にゃ。最初は事故で片づけられるところだったからにゃ」


「そうなの?」


「死体発見現場の状況から5階層でモンスターに深手を負わされ、撤退。その途中で力尽き死亡と考えたにゃ」


「あぁ、遺体発見現場の資料はこれだな」


ダンジョン5階層と隅に掛かれた大まかな地図の一カ所に赤い×印がひかれてた。


「報告では安全地帯セーフティゾーンまであと5メートルといったところで発見されたとの事にゃ」


薄い線の等高線に混じり濃い線が描かれおり印は濃い線のすぐ横にあった。

テオが資料を読み言う。


「第一発見者が捕食中の赤狼の群れを発見、群れの中心に人体らしきものが見えたため急いで追い払ったところ、被害者を発見。すでに息は無く、遺体の左手と両足を欠損。発見当時は顔も一部食いちぎられた上、泥だらけで身元も直ぐにはわからず。後に装備品の特徴などからテルトス氏と判明」


「テルトス氏と判明するまでにおよそ1日、テルトス氏は迷宮内でもトップクラスの実力者でにゃ。もちろん組合長の覚えも良く、被害者が5階層のモンスターにゃんかにやられるわけがにゃいと、知り合いの医者に相談」


「背面に刃物によるものと思われる傷。を見つけたのがそのお医者さん?」


テオが別の資料の『背面に…… 』と書かれた箇所を指さす。


「にゃ。もともとポロ警察もお世話になった医者でにゃ、組合長と二人で5階層に到着後、その傷を発見。また、左手と両足の欠損カ所の状況を見ても死後に赤狼に食いちぎられたものと判断したにゃ。この時点でおよそ3日が経過しているにゃね」


「その後、そのお医者さんがポロ警察と憲兵のポロ分隊に通報。ポロ警察の検分医が憲兵隊及び管理組合職員と現場に到着。遺体を解剖し検死。結果、切先が肝臓に到達しており切創からの大量出血により失血死したものと断定、これが事件から4日目」


「ま、そこから事件化して本格的な捜査が始まる訳にゃが、迷宮という場所が場所だけににゃ。憲兵でも捜査に入れる人員が限られるにゃろ」


「というと?」


「ほら、モンスターと遭遇しても」


「あぁ、戦える者でないとって事か」


「だにゃ、捜査に参加したのは憲兵のポロ分隊からで20人ほど、ポロ警察に至っては数名だったにゃ」


「で、応援が必要と判断され王都からはツウが呼ばれた訳か」


「ま、どちらかと言うと私でなく、元冒険者の曹長が呼ばれたにゃ。私はついでにゃ」


「ついでね」ハハハと軽く笑いながらコーヒーを手に取った。


「ん? ちょっと待ってくれよ? 5階層までは王都でスラムを歩くよりも安全なんだろ? 地元警察の捜査官でも対処できるだろ?」


「あくまでも5階層のセーフティゾーンまでの話にゃね、死体発見現場はダンジョンの危険地帯デンジャーゾーンだったからにゃ、困ったことに血痕はさらに奥へと続いていたにゃ。5階層のモンスターは弱いとはいえ、血痕をたどって行くにもモンスターを追い払いながらでにゃ、初日は10メートル進むのもやっとだったらしい」


「えー、やだよー。軍人さんでも苦労するような危険なところに行くの」


「安心しろ。その後はギルドの協力で5階層のモンスターは一時的に駆逐されたにゃ」


「まあツウが安心しろってんなら、信じるけど…… でも、よく許可したな」


「にゃにがだ?」


「ギルドに依頼してってことは、他の冒険者に依頼してって事だろ?」


「犯人に証拠隠滅の機械を与えたかもとでも疑ってるにゃ?」


テオがコーヒーを口に含むと無言で頷く。


「安心しろ、5階のモンスターを駆逐したのは元冒険者で構成されたパーティーでにゃ、犯行当時ダンジョンに居なかった事が確認された人物達にゃ」


「へー、よくかき集めたなぁ、時間も無かったろう」


「ほら、昨日の事件の第一発見者も言ってたにゃろ」


「昨日の…… チャーロさん。だっけ」


ツウが怪訝な顔をする。


「食堂のおばちゃんが居なかったと言ってたにゃ」


「あー、言ってた言ってた。え、元冒険者なの?」


「にゃ。正確にはおばちゃんたちだがにゃ。皆、手練れだそうだにゃ」


「はえー」


「おばちゃんたちの中には、前の組合長がダンジョンを潜っていた頃のパーティーの主力メンバーだったにゃんて人もいるらしいにゃ」


「なにそれ、強そう」


「あぁ、たぶん私では勝てんにゃ」


「え、会ったの?」


「にゃあ…… 」元冒険者に会った際の事を思い出そうとしたのかツウが目をつぶる。


「私がおとり。いや、曹長で陽動を掛け軍曹で攻撃…… にゃにせ、憲兵が数人がかりでやっとってとこにゃね。まあ、話を戻すにゃ」


「相当だね」テオが手に持つ資料のページをめくる。


「えーっと、食堂のおばちゃんたちが応援で駆けつけて、5階のモンスターを駆逐したんだったな」


「にゃ、おばちゃんたちが応援に来た5日目だったかにゃ? まだ、モンスターも掃討の途中だったがにゃ、事件の直前に被害者が7階層で他の冒険者と揉めていたとの情報が入ってにゃ」


「この資料だったか?」と別の紙束をテオが持った。


「ポロ迷宮でも指折りの実力パーティーでにゃ、詳細は省くが彼らの装備では犯行は不可能だったにゃ」


「不可能?」


「魔法使いがリーダーのパーティーでにゃ、前衛はタンク役の斧使いが一人。ほかにヒーラーが護身用にと短剣を持ち歩いてはいるが彼女の腕前、身のこなしでは被害者の後ろを取ることすら覚束ないだろうと判断されたにゃ」


「あー、傷口から想定される凶器が容疑者たちの得物と一致しないと」


「そういう事にゃね」


「にしても、かたよったパーティーだね」


「ダンジョンの攻略法もいろいろとあるにゃぁね」


「なるほど。で」テオが資料のページをめくった「何でもめて…… あー、獲物の横取りねぇ」


「容疑者たちのパーティーがモンスターと交戦中、たまたま通りかかった被害者がそのモンスターを撃退してしまったにゃ。被害者のテルトス氏曰くタンク役の斧使いが状況不利に見えて助太刀に入ったまでと主張、この場合は慣例に則り報酬は山分けとにゃるのにゃが」


「ソロのテルトス氏と5人で戦ってたパーティーで山分けとなれば」


「パーティーの方は半分になった報酬をさらに5人で分ける訳だからにゃ」


「そりゃ不満もでますわな」


「でにゃ、7階層のセーフティゾーンの一角でリーダーが被害者に直談判。話がこじれ言い合いになっていたところを目撃されてにゃ、7階層の休憩所まで行って聞いてきた隊員の話にゃ」


「ツウはどう考えているんだ?」


「んにゃ? 疑いの余地は残るがにゃぁ、今のところ凶器が見つかっていにゃいしにゃぁ。見つかったとて彼らがどのようにして被害者の背後から刃を突き立てたか、それが解らなゃいと逮捕は難しそうにゃぁ」


「そうか…… 」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る