第1話 13/15

「お使いご苦労」


「熱いから気をつけろよ。砂糖は1個でよかったな」


テオが露店で買った茶をツウに手渡す。


「にゃ。そろそろ消えるぞ」


「おっ」と言いつつテオがベンチに腰を降ろす。袋の中が明滅した。


「ざっと計算して今朝がたに使われたものにゃが」


「やっぱりか」


「やっぱりか、じゃにゃい! 今朝の事件の証拠品じゃないのか!?」


「証拠品の破片ではあるだろうな」


「おまえにゃあ! 勝手に持ち出したりして!」


袋と懐中時計を往復していたツウだったが、テオをにらむ。


「消えるぞ」と袋の中を覗いたテオが言った。


「にゃ!」と言ってツウが慌てて懐中時計に視線を戻す。


暫くして紙袋の中のスクロール片はそのボンヤリとした光を失う。


「にゃー。今が4時前にゃから、ざっと午前6時の前後1,2時間ってとこにゃね」


「そうか」


「そうか。じゃにゃーーい! 他に言う事があるだろう!」


「行くんだろ?」


「どこに!?」


王立迷宮管理組合ギルド


「行くけど! ちゃんと説明してくれるんだろうな!?」


「もちろん! あ、ネコさんお帰りなさい」


猫が自ずから籠に納まらんとしているところだった。


「てか、猫ちゃん散歩させてる間に店内で食事したらよかったんじゃにゃいか!?」


「いや。ほら、ネコさんって自分の行きたい時にしか散歩行かないから」


「だからってにゃあ」


「行こう、ギルド。飲みながらでも」スと立ち上がりテオが言う。


「にゃ、一口くらい座ってのませろ! あっつぅ」


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「猫娘は熱いのが苦手なのかの?」


車窓からは遠くに王都が映り始めた。王都のさらに向こう、港に浮かぶ軍艦の影を夕日が作っていた。


「昔はそうでしたね。最近は克服したものと思ってましたが」


「可哀想に服まで汚して」


「ええ」とテオは微笑む「そういえば、いいタイミングで帰ってたんですね」


「タイミングとな」


「スクロールの使用された時間が判明した会話の時ですよ。ネコさんのお話を聞きながらあのタイミングでは戻ってたっけな? って考えてました」


「おお、うぬが茶を買って帰る、その後ろをついておったぞ」


「ですか、ぜんぜん気が付かなかった」


「屋台で売りおる茶の香りは好きだからの。おぬしの後ろで楽しんでおったわ」


「あぁ、他人ひとが部屋で飲む茶は匂いがこもってきつ過ぎるんでしたっけ」


「であるな。それに外で茶を飲むと言うのは友人ともとの思い出でもあるからの」


「へー、勇者様も外でお茶を嗜んだんですか」


「そうだな友人ともは特に移動中に飲む事が多かったな。むしろ今でも茶の屋台がそこらにあるのは友人とものせいでもある」


「と、いいますと?」


「戦争からしばらくしてだったかの、友人ともを真似して外で茶を飲むのが流行りおったんだわ。道のそこら中に屋台で茶を売っておったわ」


「へー。僕らが屋台で茶を買うのはその名残ってことですか」


「今でこそ道で売る者はおらんくなったがの、公園に来ればまだおったのか。盲点であった」


「王都でも公園に行けば売ってますよ」


「まことか」


「ええ、アカデミーの近くの公園は売ってますね」


「ふむ、そこまで足を延ばすのも悪くないかもの」


「では、お散歩コース変更ですね」


「であるな」


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ギルドの4階の廊下にギシィギシィと音が響く。


「すみません急にお呼びだていたしまして」


ギルド職員の服を着た女性が言う、手にした鍵束が歩くたびにジャラジャラと音をたてる。


「いえいえ。また、洗濯物が引っかかっただけなら良いのですがね」


ギルド職員の後ろを歩く背の低い男が言った。


「さっきも洗濯物だったんですかね?」廊下を2.3歩進むと女がボソリとつぶやく。


「今なんと?」


「いえ? なにか聞こえました?」


ガガガと鍵が差し込まれる。


「改めてのお伝えですが、今朝の事件をうけまして、鍵の貸し出しは中止となりました」


倉庫の扉がひらかれる。


「ええ、物騒になりましたね。すみません4階までわざわざ」


女が先に部屋に入る。


「私も物を取りにきたので、ついでですよ」


バチンとスイッチが上げられる。ジジジという音がするとぼんやりと室内が明るくなった。


「どうぞ」と誘われた男が「どうも」と部屋に入る。


「作業が終わったら受付までお越し下さい。またスタッフが閉めにみゃいりますので」


「はい…… あ、あの」


「どうかしましたか?」


「いえ、あまり見ない職員さんだと思いまして」


「え、ええ。最近はいりました。ここ2週間くらいですかね」


「そうでしたか」


男が部屋の奥まで進み屋根裏へ続くハシゴに手をかけた。


登りながら漏れた「どこかで見た気がするな」という独り言は虚空に消えた。


梯子を上りきると男は慣れた手つきで室内に備え付けのカンデラに手を伸ばす。物がどこにあるのかが辛うじて解るくらいの灯りが部屋を照らした。


「ん?」と男は部屋の隅に置かれた魔道具ブーツに異変を覚えた様子で怪訝な顔をした。

すかさず棚のカンデラを掴み取りブーツがある部屋の隅に向けた。

男は目を細める、履き口から棒状のものが飛び出ている。何が出ているのか確認する為か彼は一歩、二歩と近いた。


「なぜこんなところに」


ブーツに刺さる棒状のそれは細長く丸められたスクロールであることに気がついたらしく、男の口から言葉が漏れた。慌ててブーツに近づく。

焦った様子でスクロールを掴む、カンデラを棚の上に置いた。男はその空いた手でバサバサとスクロールを開く。


「これは…… なんだ? 違う魔法か…… 」


スクロールの魔法陣を見た男がつぶやいた。

その時だった。物陰から人が現れた。


「違ったそうですよ。アイン先生」


「誰だ!」と男が振り向いた先には眼鏡が怪しく光っている。


「違いましたか。転移テレポートのスクロールではないとすると、ふむ…… 」


「何者だっ!」と男は別の声がした方向を振り向く。高く積み上げられた荷物の影から男が現れる。


「にゃは! 賭けは私の勝ちだにゃ」


バッと音を立てながら男は直前に自らが登ってきた梯子を見た。視線の先にはギルド職員の服を着た猫耳の女が体の半分ほど登って来ていた。


「あんたはさっきの…… 」


女が梯子を上りきる、そして言う。


「私は国家憲兵隊所属、憲兵中尉のツウ・カッツォだ」


ツウが普段は制服に付けている深い紺色の腕章を取り出すと男に見せた。


「憲兵…… 」


「高所屋のソル、本名ソルタイス・ゲッシ。貴殿をジスト・ティクティオ氏、殺害の容疑で拘束する。なお抵抗する場合は王権の名のもとに実力行使がなされる事と思え」


男が3人をそれぞれ見た、退路が断たれたらしい事を確認したようだった。


「ほう、殺害? なんのことかわからんねぇ」


ツウが、腰からワンドを取り出す。


「あくまでもとぼけるとにゃ。まあ良い説明してやろう、今朝がた一人の冒険者が亡くなったのは知っているにゃ?」


「あぁ、4階の窓から突き落とされたんだってねぇ。それに昼間、斜向かいの部屋を借りてる駆け出しが捕まったってのも聞きましたがねぇ」


「にゃ、彼は別件で逮捕されたにゃ。殺人事件とは別件でにゃ」


「別件、ですかぃ」


「で、さらにゃる捜査を続けたところ貴方が容疑に浮上しました。貴方、被害者と同郷ですね?」


「しらないねぇ。んなヤツぁ」


男の引き攣ったようでいて不敵な印象の笑が癪にさわったのか、ツウは軽く舌打ちをした。


「曹長」


「はっ、大森林の冒険者管理組合に問い合わせました。被害者のディクティオ氏は大森林で冒険者として堅実な活動をされていた様で、その際は小隊パーティーのリーダーだったようですね。小隊の人員パーティーメンバーはヒーラーの実の妹さん。アタッカーで妹さんの婚約者だった槍使い、この3人が中心メンバーだったようです。クエストによっては人員を補充して、固定の補充要員、いわゆるサブメンバーと呼ばれるフリーの冒険者数名と活動していた、との報告がありました。しかしながら5年ほど前に解散。理由としてはとあるクエスト中に被害者の妹さんが死亡、その後すぐにパーティーは解散しました」


「やめろ…… 」


「その妹さんが死亡したクエストですがにゃ、クエストを受注した冒険者の名前を問い合わせました、被害者のパーティーの3人とソルタイスさん。あにゃたの名前がありましたよ」


「だからどうしたってんだ! 昔の知り合いだった事は認めらぁよ! だから俺が殺したって言うのか!? ああ!?」


「そだけであなたが犯人と決めつけるつもりは我々にはありませんがにゃ。どうも調べていくと貴方以外に考えられにゃいんですよ」


「はっっ! どうせ言いがかりだろぉ?」


「言いがかりかどうかご説明差し上げますから、ひとまず憲兵詰所までご同行をねがえますかにゃ?」


「断る、王権の私的乱用だ!」


「にゃは」とツウは目を細めニヤと口元が歪む。


「王権の乱用というのでしたら公聴会に訴えるがよろしい。にゃが公聴会の開催中に国外逃亡を計ると不必要に罪を重なることとにゃりますにゃ。それはご存知かにゃ」


「も、もちろんだ」


「にゃらば駅前の萬屋に発注した山に入る装備は注文を取りやめるが懸命だにゃ。それに…… 」


「それに、なんだ?」


「我々が公聴会で貴殿を拘束するに至った経緯をどう説明するか。それを聞いてからでも遅くはにゃい。そんな顔をしておるにゃ」


「はっ! そうだな、話してくれるってぇなら聞いてやろうか」


「にゃは! よろしい。では話してやろう。テオ!」


「ん?」


ツウと曹長がテオを見る、ワンテンポ遅れてソルタイスが彼をにらんだ。


「あ。僕が説明するの?」


「にゃぁ、当たり前だにゃ。お前さんが彼を犯人だと、そう言ったんにゃ」


「事前に説明しておいただろう」


「にゃぁ。私はお前さんの説明で納得はしたがにゃ。お前さんの説を私が彼に説明して納得させられるかは…… 疑問だにゃ」


「はいはい。わかりましたよ」


怪訝そうな顔のソルタイスが曹長を向くと口を開く。


「あの細いのは何者なんだい」


「あの方は…「あぁ、僕は彼女の。カッツォ中尉の幼馴染で」


「助手にゃ」


「うん、助手です」


ソルタイスの表情が緩む。「ふ、助手さんねぇ」と誰に行ったわけでも無い言葉が漏れ高角がぐにゃりと上がった。ツウと曹長はなにも言わずテオを見つめた。大きく深呼吸をしたらしいテオがふーと深く息を吐いた。


「まずは被害者が発見された時の状況をおさらいしましょう」

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