第1話 12/15

「動物同伴お断りの店しかなかったにゃぁ」


二人は憲兵詰め所の近所の定食屋で軽食を持ち帰り街を歩いている。


「ま、いいじゃないか。外で食うのも観光地らしくて」


「にゃ、私は仕事中にゃんだが」


「そうだったな、すまんすまん。じゃあ学生の頃に戻ったみたいってことで」


「んにゃ、それなら許さんでもない」


「で、その公園はどこなんだ?」


「そこの角を曲がったとこにゃ」


ツウが言った角を曲がると視界が開ける。

眼下には整備された公園があった。


「もう少しするとバラが咲いて綺麗にゃんだがにゃ」


夕方と言うには少し早い時間だったが春も少し先で、かつ日も陰り始めたためか肌寒く人もまばらであった。

階段を下りた先の公園にはささやかな噴水があった。


「いい景色じゃないか」


公園の先は崖のようで柵で仕切られていた。その先には谷川があり川を渡すように橋が架けられ線路が敷かれている。その線路の先は緑をたたえる山々に消えていった。


二人は階段を降りる。


「で、私が取り調べしてる間、おまえさんは何処にいってたにゃ」


「何処って、魔道具店だよ?」


「だけか?」


「だけ、だなぁ。あ、あと萬屋と雑貨屋にも行ったな」


「にゃー! それだけなハズがにゃいにゃ、時間的に飯を食ってたって言うならまだしも、観光でもしてたのか? 私が仕事中に!?」


「3件だけじゃなかったからな」


「ほらー! どこにゃ!どこに行ってたか吐くにゃ!」


「この街の魔道具店だけで5軒か6軒?だな」


「んなー?? あの魔道具ブーツがそんなに気に入ったのか?」


「はは、そんなんじゃないよ」


階段を下りると噴水の傍にちょうどよい大きさのベンチが目に入った。


「じゃああれか! 犯人は魔道具店か萬屋に勤めているとでも言いたいのか? スクロールの横流しを止められての逆恨み…… 」


「それも違うかなー? それにスクロールの話しは詰め所で合流してから聞いた話だしな」


「にゃぁ、それもそうだ。何にゃ! おまえさんは何を掴んだにゃ?」


「掴んだって言う程でもないよ、何人かの人物が雪山に入る装備を新調したらしいって話は興味深いかな? とは思ったけど」


「はにゃぁ? あーお前さんあれにゃ? 国境を超えての逃亡を疑ってる?」


「いけないか?」


「いけなくはないが、そうかお前さんは知らないのか。山に入ってしばらく歩くとにゃ、国境の手前に湖があるにゃ。この時期だと釣りに行く人が多いからにゃ、山入りの装備を新調するやつも珍しくにゃいにゃよ?」


「それは雑貨屋のおっちゃんにも聞いたな」


「にゃろー! それに国境まではもう一つ尾根を超えるにゃね」


「聞いたよ、この時期は熊が出るんだろ?」


「にゃ、そいつがなかなか凶暴での、さらには狼も出るからにゃ、並の冒険者でも山越は難しいってのが定説にゃね。それに山越えに腕利きを雇うにもどのみちギルドを通す事ににゃるからにゃ」


「犯人の国外逃亡の恐れは少ないと?」


「にゃ! その通りにゃ、お前さんは心配のしすぎにゃよ。無駄足ごくろうさん!」


「無駄足ねぇ、言ってくれるじゃない」


「無駄足にゃぁよ。それにしてもなんか安心したにゃぁ」


「なにが?」


「お前さんも、一からの捜査って時は見当違いな事もするものなんだにゃって」


「無駄足に次いで見当違いねぇ」


「いやー。よくよく思い返せば、今までお前さんに助けて貰ったときは捜査に行き詰まった時だったにゃ」


「そうだったな」


「膨大な捜査資料から点と点を繋ぎ合わせて意外な答えを導く、それがお前さんが得意とする、我々には出来にゃい事だったにゃ」


「ふむふむ」


「少ない証拠から推論して、案を捻り出して次の証拠を見つけて行く、こういう事に関しては日頃から捜査って奴を行っている私の方が一日の長って奴のようにゃね」


「一日の長ねぇ、間違った人物を連行する奴が言うと違うねぇ」


「にゃーー! 確かに奴は殺人事件の犯人じゃあ無かったけれども! 犯罪者ではあった訳だし! ノーカン!ノーカンにゃ!」


「はいはい、わかりましたよ。お、あのベンチで良いんじゃないか?」


「んなぁー、そうだな。あそこにするか?」


「そうしようか、見晴らしも良さそうだ」


「よし、食べながら犯罪捜査の基本という奴を叩きこんでやろう」


「お、望むところだ」



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「そういえば、あの石像の女性は何者なのだ」


帰路は半分ほどとなり、西日がテオと猫の使う客車に入り始めた。


「石像ですか?」


「ほら、うぬらが食事をしていたベンチの近くの」


「あの噴水の?」


「であるな」


「あの方は先王の第2婦人ですね」


「ほう、第2婦人とな。王妃ではなくか」


「えぇ、そうなんです。どうも人徳のあるお方だとかで、若くして亡くなられたのですが、その後に建てられたとか。しかも王妃様が…… 今の母后様が建設費を寄進したんじゃなかったかな?」


「そんな事があるのか、正妻と妾はいがみ会うものとばかり思っておったわ」


「母后様が姉のように慕っていたとか聞きますね。そうそう、先王様が王太子時代に迷宮でモンスター狩りに興じていた時に出会ったとかで、噂によればなんでも先王様のパーティーがモンスターの奇襲で息も絶え絶えの時に通りすがって助太刀したらしいですよ」


「ほう、石像の女は冒険者であったか」


「あ、そういう事になりますね。後の王となる人物の命の恩人な訳ですから、王妃となった後も頭が上がらなかったんじゃないか? みたいな見方をする者もおりますがね」


「ふむ、そっちの方が人間らしいのかもしれぬな。にしてもうぬ、詳しいな」


「ツウが食後に話してましたでしょう…… あ、そうか、この話を聞いた時はネコさんお散歩に行ってましたね。ちょうど茶をすすりながら聞いてましたっけ」


「そうであったか、あの後そんな話をしておったのか。どうせまたイチャイチャとしたがるであろうからと我なりに気をつかったのだがの」


「イチャイチャなんてしてませんよ」


「いや、食後のネコ娘はお前の匂いをかぐわんとしておったではないか」


「えー、そうでしたぁ?」


「ふん、鈍感なやつめ」


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噴水を背にしてベンチに腰かけてしばらく。二人はパンにチーズや野菜を挟んだものを食べていた。


「そうだツウ。今、ワンド持ってるか」


「んにゃ? 持ってるがどうした」


「これなんだが」


テオが上着の内ポケットから折りたたまれたハンカチを取り出す。

ハンカチを開くとそこにはコインくらいの大きさの羊皮紙の破片があった。


「古いにゃ」


「ああ、スクロールのちぎれた破片だと睨んでるんだが」


「鑑定をしろと?」


「いや、魔素残滓を測定してほしい」


「にゃんと」


「だから、魔素残渣を測定して最後にいつ使われたのか教えてほしい」


「わかってるよ、聞き返したんじゃにゃくて驚いたんにゃ」


「難しいか?」


「んにゃ、ここじゃあ正確な時間はでないぞ」


「それは承知さ、誤差は半日くらいか?」


「にゃめてもらっちゃあ困るにゃ。ざっと3時間にゃね、最近使われたものにゃらもっと正確にゃ」


「意外と正確だな。大杖ロッドとそんなに変わらなくないか?」


「流石に誤差は出るがにゃ。それに、アレを使うのは情報を魔捜研に送るときに使うにゃ」


「なるほど」


「あ、のちのち大事な証拠ににゃるようなやつじゃないよにゃ? もしそうなら詰め所に帰って…… 」


「大丈夫だと思う、こっちはちぎれたただの破片だ」


「本当だな? 信じるぞ」


「ああ」


「よし。にゃらその袋を取ってくれ」


テオが足元に置いてあった紙袋を取った。二人が食べている軽食を運んだ袋だった。

「にゃ」と言いながらツウが袋を受け取るとスクロール片に手を伸ばした。


「にゃんだこれは膠か?」


スクロール片がツウの指に付いていた。


「そうみたいだな」


「どこで拾ってきたんにゃ」


「後で言うよ」というテオの言葉を聞きながらツウは紙袋にスクロール片をピンと飛ばし入れた。


「楽しみにしているにゃ」といいながら杖を腰のホルダーから取り出し紙袋の口から突っ込む。


「最後の力を振り絞り光れ」


袋の口から辛うじて光が漏れ始める。ツウは懐中時計を取り出すとベンチに置いた。

ふたりはぼんやりとした光を見つめながら食事を再開した。

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