第1話 14/15
「被害者が発見されたのが午前5時45分頃。発見場所はギルドに道を挟んで西側に隣接の旧練兵場、今は単に広場と呼ばれているところですね。広場と道の境目、その広場側に頭を南に向けうつ伏せで倒れていました。ちょうど別件で訪れていた憲兵隊員が現場に到着。確認のところ、遺体に近い部屋のギルド建物の窓は閉じられていたと報告されています。また、その後の検死や第一発見者の証言からどこからか高い所から落ちて地面に打ち付けられて死亡したと結論付けられ、捜査が進められました」
「その話を聞く限りじゃあ、どこから落ちたのかもわかってないじゃないか」
「ええ! そうなんですよ。どこから落ちたのか解らなかった。最初、我々は犯人が被害者を窓から突き落として、窓を閉めたのだと、そう考えた。ところがですね、その後の捜査でも犯行に使われた可能性の高い部屋の借主は犯行時刻に迷宮に居た証拠がありました。次いで、簡易宿泊所の鍵を管理しているギルド職員を疑ったのですが、紆余曲折ありましてやはり貴方の犯行という事に行きつきました…… 」
「紆余曲折ってなんだよ! やっぱり言いがかりじゃねぇか!」
語気を荒げたソルタイスを静止せんとテオが手のひらを突き出した。
「ソルタイスさん。あたなた屋根から彼を落としましたね」
「バカいってんじゃねぇ! あの巨漢を担いで屋根を登れってか!? 」
ツウの尻尾が揺れる。
「そうなんです僕も最初は難しいだろうな、そう思いながら屋根裏にきました。その隠し戸から外に出た時、思いを強くしました」
「その隠し戸」と言ったタイミングでテオが指さした先、曹長の背面の天井にはうっすらと2本の切れ込みのような筋が見える、微かに建物の西側にある街の繁華街からの灯がその切れ込みを浮かび上がらせていた。
「そこから出て被害者を突き落とそうとすれば棟を越えなければいけないですからね」
言いながら指を天井に向ける。皆つられて上を見る、暗く先の見えない天井はこの街特有の切り立ったような屋根を思い出させた。
「最初は雪下ろしで高い所に慣れている人ならできるもんなのかな? とか考えていたんですが…… 」
「できねぇよ、んなこたぁ」
「そうなんです、この街でよく使わる魔道具のブーツですが、試しに使ってみたところかなり繊細な魔力操作を必要とされました。かたやあの巨漢を担ぎ上げて屋根を一番上まで登る。己が肉体に魔力を流し込んで能力を上げるタイプ、いわゆる前衛と呼ばれる冒険者なら可能か? とも考えましたが繊細な魔力捜査を必要とするブーツを使わなければならない事といささか矛盾を覚えました」
「だからできねぇって言ってんだろ」
「ええ。まさしく。出来ないんですよ! 屋根には魔道具のブーツの足跡しか無かったですからね。脅して被害者に屋根を歩かせたなんてこともできない。さらに言えば被害者は直前に硬直の魔法を掛けられていました…… ん?」
「にゃぁお。やっと気づいたか」そう言いながらいつの間にか腕を組んだツウが尻尾を揺らした。
「ソルタイスさん、なぜ担ぐって言ったんです?」
「ああん! なんのことだ」
「あの巨漢を担いで登る、あなたそう言いましたね。僕が『あなた屋根から落としたでしょう』って言った、その後ですよ」
「い、言ってねぇよ!」
「言いましたよ。担ぐという表現は被害者が身動きが取れなかった事を知っている人物しかする事が出来ません。まだ発表されていないんです、被害者が拘束の魔法を掛けられたことや屋根には足跡が1種類しか無かったことなどは。それらは我々、捜査機関の一部の人間と犯人しか知りえない情報のはずです」
ソルタイスが天を仰ぐ。
「まあ、いいでしょう。話は我々が公聴会でどの様に証言するかでした。貴方の発言の揚げ足取りはほどほどに」
ツウが曹長に目配せをした。頷く曹長は腰ベルトに下げた手錠を手に取った。
「で、屋根を調べた僕は一つのスクロール片を発見しました。調べたところ犯行時刻に使われた物の可能性が極めて高い。これを使って犯人は被害者を屋根の上に移動させたのだとしたら犯行は可能ではと考えたのですが…… 」
曹長がソルタイスに手錠を掛けた。乾いた金属音が屋根裏部屋に響いた。
「犯行に使ったスクロールは
「ああ、違げーよ。あんだよわかってなかったのかよ」
ソルタイスが両の手に掛けられた手錠を顔まで上げ見る。
「へっ。大人しく捕まってやるんじゃなかったぜ」
力が抜けたらしくガチャンと手錠との擦れる音が屋根裏部屋に響いた。
「誘導尋問ってヤツだったか? 不当逮捕だな、公聴会が楽しみだ!」
「まぁ魔捜研が拘束の魔法を使ったのがお前だと証明してくれるにゃ、その頃にはどうやってお前が被害者を屋根から突き落としたかもはっきりしているだろう。いくぞ」
とツウがソルタイスの脇を抱え移動を促した。
その時だった「そうか」とテオがつぶやく。
「なあツウ、しってるか? 勇者様が魔王軍の四天王の一人につかまった時」
「んにゃぁ。どうしたいきなり」
「四天王の一人。名前はなんだったかな、炎の四天王…… 」
「炎の四天王はイーニスだにゃ」
「そうイーニスの居城の地下牢に囚われた勇者様はその後どうしたか知っているか?」
テオは近くの棚に目がけて歩き出した。
「んー? たしか頑張って脱獄したにゃ。別の牢で囚われていたどこぞの姫様もお助けして、イーニスに再戦を誓う置手紙だけ残して脱獄したとかじゃにゃかったかにゃ」
「そう、その脱獄に使った魔法を今回も使ったんだ」
その棚から1本のロープをとりだす。
「
「違うよ、その牢獄には転移封じの魔法もかけられていたんだ。正解は
「ちがうのか」
「ぜんぜんね。勇者様は捕まる前、城の武器庫に潜入したんだ、そこで一つのスクロールを発見する。スクロールには羊皮紙の隅に使用用途不明と書かれていた。でも勇者様は王都で見ていたから知っていたんだ、そのスクロールが
テオはロープの一旦を直径1メートルほどの輪にした。
「で、勇者様は一か八か賭けた。見つかる直前に開いたスクロールが開きっぱなことにね」
「どうしたんにゃ?」
「壁に描いたんだよ、魔法陣を。食事で出たワインをインクにしてね」
「書けるのか? 対になったスクロールは一つ一つ魔法陣が違うはずにゃぞ?」
「うん、最近では勇者様は完全記憶能力者だったんじゃないかってのが定説でね。まぁ、結論を言えば描けたんだ。壁に描いた魔法陣は武器庫に転がったスクロールの魔法陣に繋がったんだ。そのようにして牢を脱し、武器庫で武器を手にした勇者様はひと暴れ。さらには公爵夫人とその次女、後の勇者様の第5夫人だね、を助けて城を去った。騒ぎを聞きつけて近くに居たパーティーと合流したってのが」
テオはロープで作った輪を両手で円にすると、傍に居た曹長に頭から輪を通した。
「話の流れ」
「それは、うん。にゃんとなく習ったのを思い出したが」
ソルタイスがハハハと笑いだす。
「そうだ、ハハハッッ。見事だよ。使ったスクロールは
「それをあなたは被害者の頭から被せるように使ったんだ、子供に服を着せるようにね」
「そうだよ! 俺を振ったあの小娘を、あいつの妹を手にかけた時みたいに…… ずた袋を頭から被せるようにな!」
「にゃ、貴様。その件についても詳しく話を聞かせてもらうからにゃ。覚悟しておけにゃ」
「へ! 望むところだぜ」
「被害者も驚いたでしょうね。拘束の魔法をかけられ、次の瞬間には屋根の上に立たされて、バランスを…… 」
「屋根の上だってことも解らなかったかもしれませんよ、曹長さん」
「と、いいますと」
「曹長さんはもう片方のスクロールを屋根の上に置いたと考えているしょう?」
「違うのですか?」
テオが首を横に振る。
「置いたのではないはずです、バランスを崩して倒れても、倒れた方向によっては屋根に留まることも考えられます」
「たしかにですね。では、どこに?」
「煙突です」
「にゃーるほど」「えんとつ?」
「煙突の屋根から伸びた垂直の部分です」
曹長がはっとした顔をする。
「発見したスクロールの破片には糊付けされた様な跡が残ってました。屋根に設置するなら重しで充分ですからね。むしろ糊付けをして屋根に証拠を残す様な事はしない。糊付けする必要があったと考えるのが自然です。被害者の頭の向きや、石畳の歩道に落ちず広場に落ちた点なども屋根を伝って落ちたと考えれば説明もつくでしょう」
「どうにゃソルタイス。これでもまだ不当逮捕で公聴会に訴えるかにゃ?」
はあーというため息が聞こえた。
「そうだにゃー、ソルタイス。今にゃら奴は不要な抵抗もせず大人しく捕まったと上には報告できるがどうするにゃ?」
「なんだぁ?取引のつもりか?」「中尉それは……」
「お前も知っておろうが迷宮内で起きた事件で忙しくてにゃ。今回の報告書は簡素に済ませたいんにゃ」
「しかし中尉」と曹長が一歩前に出る
「例の事件の捜査の進捗を確かめに王族が視察にくるにゃ」
テオの「ほんとに?」と曹長の「まことでありますか?」の発言と同時、ソルタイスが口笛をふく。
「正式な発表は明日にゃがね。というわけでソルタイス、しばらく国境は出るも入るも厳しくなるにゃ、国境警備隊はここ数日間増員が来ている。それに国境警備に見つかる前に
「は!幸せね! 間違いねぇ! 国境兵はおっかねぇからな! はは!ははは!」
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