第1話 10/15

シューマと呼ばれた男の装備はいかにも前衛職といったところだったが、その体躯にはいささかの頼りなさを覚えた。とはいえ体つきの細さとは裏腹に装備と装備の隙間から垣間見える筋肉の一つ一つは固く締まっていた。また、装備の一つ一つから俊敏さを売りにする剣の使い手である事が伺えた。剣は持っていないが左の一の腕には小ぶりな盾を装備していた。

廊下に立つ事務局長が部屋の中の4人に声を掛ける。


「シューマはん。こちら憲兵隊の中尉さん、なんや自分に聞きたいことがあるからしくてな、ウチの職員が鑑定のあいだは暇やろ?」


「あれ? 部屋を見たいって言ってませんでした?」


「それは後ほどお願いしますにゃ。憲兵中尉のカッツォです。ご協力感謝します」


ツウは部屋の入り口近くに立つシューマに歩み寄り握手を求める。「そうですか」と言いながらシューマは握手を返した。


「今日は受付さんに魔道具店で鑑定みてもらって下さいってアイテムもあったんで、そっちにも行きたいのですが」


「にゃ、そこまで時間をとらせませんから。えぇーまずは、今日の日の出前の5時45分ごろはどちらに?」


「迷宮ですけど?なぜそんな事を?」


「武闘家のディクティオさん、亡くなってもうたんよ、シューマくんもアドバイスもろとったりしてたから、知っとるやろ?」


言いながら事務局長が部屋に入ってきた、その言葉に驚いたらしいシューマが声の方向に振り向むく。


「え!? ディクさんが! そんな! 今日だって初めてコボルトの小隊を1人で討伐できたって…… 報告したかったのに!」


シューマの言葉を聞きながら事務局長は彼に歩き寄り肩に手をおいた。


「まだ、遺体は霊安室やから、あとで挨拶いったら良い」


「はい、そうします。なんで死んだんですか? まさか殺されたとか言わないですよね!?」


「我々はそう考えています」と曹長がメガネを直し言った。


「そんな! 犯人は! 犯人は誰なんですか?」


「現在操作中ですにゃ」


「ディクさんの為に早く見つけてやって下さい」


「にゃ、捜査は全力で行っておりますのでご安心を。で、5時45分ごろは迷宮のどの辺りにいたか、そこで何をしていたかお話しして頂けますか?」


「いやいや、まさか。俺、疑われてるんですか?」


「被害者と関係のあった方、皆さんにお伺いしてますにゃ、ご協力下さい」


「関係ってそんな! 何回か一緒に迷宮潜ったりアドバイスは貰ったりはしましたが。殺したりなんかしてませんよ!」


「数日前に1階の食堂で揉めていたと、他の冒険者からきいてますが」


手元の資料に目を通しながら曹長が一歩詰め寄る。


「それだけで俺が犯人だって言うのかよ!」


シューマは2人の憲兵から距離を取るように後退りを始めた。


「落ち着いて、貴方が犯人でにゃい事を証明するためにお聞きするんです」


「まってくれ! 迷宮に潜った事が無いやつにはわからないんだ! 時間感覚なんてどっかいっちまう!」


「それは我々もよく解っていますにゃ。だいたいで良いんですよ、だいたいで」


ツウが容疑者に少しずつ詰め寄りながら言った。


「今日なんて第三層まで行って必死に戦ってたんだ! 何時にそこに着いたか、何分戦ったか、何時に引き返したか、さっぱりさ! 時間なんて知ったこっちゃねぇ!」


シューマはとうとう壁にぶつかり後退りする先を失った。


「冒険者なんてな! 勝ったら帰る! 疲れたら帰る! 命を落とす前に帰る! それだけだ!」


「わかりましたにゃ。三階層にいらっしゃったと、誰かそれを証明できる方はいますか?」


「居ねえよ!こちとら基本はソロでダンジョン潜ってんだ!」


「あなた先ほどコボルトの小隊を討ち取ったと言いましたが、1人でですか?」


さりげなく資料の束をテーブルに置くと曹長が確認するように言った。


「そーだよ! それで証明になるってのかよ」


「迷宮では1対多数の戦闘は避けるのがセオリーだと聞きますが」


「だから…… だからなんだってんだよ!」


「おやー? まさかとは思いますがにゃ。ギルドの入迷宮許可のない冒険者との共闘は禁じられてますよ?」


「1人だったっつてんだろ!」


「あなたの冒険者登録書の使用可能魔法欄には火球ファイアボール光弾ライトボール、それぞれ低出力ですが記載がありますね」


さらに曹長が1歩詰め寄る。


「あぁ、どれがどうした……」


「いくら剣の腕前が確かでもこの低レベルの魔法でコボルトの小隊は覚束ないんじゃありません?」


「いや、それは……」


「あにゃた、なにか他に魔法、使えるんじゃにゃいか?」


ツウがさらに一歩を詰める。


「いや……」といったシューマの目が足元に落ちた。


「ギルドへは自分の正確な情報の報告義務がありますにゃ? 魔石の査定金額に響きますからにゃ」


「ご存知だと思いますが駆け出しの冒険者は税が優遇されてます。報告義務違反は軽微な罰ですみますが、あまりに悪質だと脱税として牢獄行きですよ?」


「そ、それはもちろん…… 知っているっ!」


「でしょうね、登録の際の講習でも習いますから」


「で…… にゃんの魔法を使えんだ? もしかして、拘束ではあるまいにゃ」


「な、なぜそれを…… いや!」


「おや? 図星のようですにゃ。実は先ほど、あなたが来る前ですがね、魔法捜査研究所から連絡がありましてね、被害者のディクティオさん、死の直前に拘束の魔法で手足の自由を奪われていたみたいにゃんですよ」


「その魔法はまだ覚えたばっかりで…… だから!」


「だから?」と言いながら首をかしげるツウが続ける。「その先は憲兵隊の詰所でききましょうか?」


シューマと二人の憲兵との間は不必要に狭く、極端な間合いとなっていた。


「チッッ!」とシューマが右手を天に掲げる。


「光弾!!」


その言葉と共に手のひらの上が強く輝く、男は右手を床に振り下ろした。光の粒が床で弾け目がくらむ量の光を放つ。一瞬であったが二人の憲兵とテオ、事務局長は光に視界を奪われたらしく目をつぶった。次の瞬間、男の足音と装備品の金属がぶつかる音が部屋にこだまする。


「まて!」と曹長が叫ぶ。


シューマは部屋から飛び出し廊下をまがった頃、辛うじて目を開ける事が出来始めたツウが言う。


「曹長!能力の解放を許可!」


命令と共にツウがが部屋の窓を指さす。


「玄関で挟み撃ちにゃ!」


曹長も片目を開きながらも「はっ」と返事をしが、その返事はツウのホイッスルによりかき消える。

曹長が窓まで歩く、歩きざまに首元の詰襟のホックを外した。

彼女が窓に手をかけ押し開ける。ツウも腰から短剣ほどの長さのワンドを取り出すと部屋を出た。

曹長が窓枠に足をかけたころ目をシパシパさせていた事務局長が叫ぶ。


「ほんまかいな! ここ四階やで!」


飛び降りた曹長は大きな音も立てず石畳の上に着地した。衝撃を吸収する為か右手は石畳を触る。

その次の瞬間、落ちてきた勢いそのまま両の足で飛んだ。軽く大人一人を飛び越えるほどの跳躍の後、再びの着地。手が着地の勢いをころさんと出たかと思うと両足を揃えて跳躍、また音も立てずに着地した。

ものの数回のジャンプでギルドの南西角まで着いた、角度を変え一翔びでギルドの入り口の前に着地する。

その時であった彼女の背後から声がかかった。


「曹長!どうした!」


軍曹がギルド前の路肩にとめられた馬車の御者台から叫んでいた。


「容疑者が事情聴取中に逃走!中尉と階段下で挟み討です!」


「加勢は!?」


「不要かと!冒険者ですが駆け出しのひよっこです」


「了解!」


曹長が腰についたホルスターから警棒を引き抜く。

曹長は駆け足でギルドに突入する。


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「そうかわかったぞ」

ポロの街を発した列車はしばらく森の中を走っている。


「なにがです?」


「この時じゃな?」


「このとき?」


うぬが犯人に事件のあらましを説明する時、何時いつその情報を得たのか、ずっと疑問であった」


「あぁー、そういう事ですか、そうですこの時に、というかこの後ですね。はい」


「で、あったか。わしもこのヒヨッコ冒険者が犯人かと思うての、猫娘かウサギ娘のどっちに耳目をくっつけるか迷ったが」


「あ、なるほど。この時は曹長さんにくっついていったんですね?」


「そうじゃ、あっちの方が近かったからの」


「いやぁ、僕も曹長さんがそんな事してたんだってなぁって普通に聞いてましたけどよく考えたら…… ははーん。ネコさん便利ですね」


「便利というな」


「すみません」


「言うとすれば、これは器用というべきじゃな」


「これはこれは、失礼しました」


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ギルドは貴族の屋敷の名残か玄関ホールが吹き抜けとなっている。曹長が突入した時、入り口正面の階段をシューマがギルド職員を掻き分け途中まで降りて来ているところだった。

シューマが曹長を見つけたらしく足をとめた、振り返る。廊下の向こうから中尉の物と思しき足音が響く。


「そこまでた!」


シューマは引き返すことを決めたようで階段を上がり始めた。


「まて!」


男は2階まで戻ると左に曲がった、吹き抜けを囲むように造られた回廊を逃げる気のようだった。だが、その先には下に降りる階段は無い、どこかの部屋に逃げ込むものと曹長は考えたのか、一階のエントランスに立ったまま、シューマを睨みつけるように目で追った。


「観念しろ」


というツウの声が聞こえたのは、開いている扉は無いかとドアノブを乱暴に回していた時であった。


「くそっ!」というシューマは右に左にと首を振る。その表情からは焦りが伺た。


「もう逃げ場はないぞ!」


ツウか回廊を歩きながら追い詰めんと近づく。

シューマがツウから離れんと再び走り出した。

距離を一定に保たんとツウも走り出す。


男の走る先を見た曹長の口から「あ」と言葉が漏れた。窓があった。


シューマは躊躇なく回廊を走る、角を曲がるつもりは無いらしく速度を落とす気配も無く突き進む、むしろ窓を突き破らんと速度を上げた、やがて男は窓に向かって飛び込んだ。

ガシャーンという音がした、数刻後ガラスが地面に落ちて砕ける音がしたかと思うと次の瞬間、ドンという鈍い音がした、さらには「ウゲ」という男の悲鳴があった。


曹長はすかさず外に出た、うつ伏せとなった男の背中に軍曹が右の膝を押し込む、軍曹の左手がベルトの手錠を入れた腰下げに触れていた。


「1035時、公務執行妨害で逮捕です」


曹長が胸ポケットから時計を取り出し宣言する。

カチャンと軍曹が男に手錠を掛けたその時、ギルドの2階、回廊に面した壊れていない窓からツウが顔を出した。


「軍曹!ご苦労! 憲兵詰所に連行する!」

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