第1話 8/15

「てか、ネコさん?」


ポロの新市街を廻るバスは昼食時ということもあってか客が少なった。


「ん?」


「いつの間に応接室に入っていたんです? 被害者の確認のあとは籠に入ってもらったまま馬車に居てたでしょう」 


「ずっとお前さんと共におったぞ」


「え、そうだったんですか? ぜんぜん気が付かなかったなぁ」


「ま、正確には目と耳だけだがの」


「あ、そういう」


「我ほどの存在になるとな、簡単よ。ほほほ」


「どこにいたんですか?」


「おぬしの腰あたりじゃな、シャツと上着の間。上着にヒシとくっついておったわ」


「あーーー、なんかモゾモゾしてましたよ、サスペンダーの位置がずれたのかなとか思ってましたね」


「あの後、本当にずれておったな。猫娘ねこむすめの平手でな」


「そうなんですよ、滅茶苦茶いたかった…… 」


「な、滅茶苦茶いたかったな」


「あ、ネコさんも平手くらいました?」


「おう、耳がキーーーンじゃったわ」


「あ、それはそれは」


バスのキキィというブレーキ音が響く。


「駅に着きましたね、続きは車内でお願いしますね」


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その後の調べでは遺体が見つかった側の3階の角部屋とその隣室の宿泊者は魔術が使えない冒険者という事が判明した。犯人の可能性は低いと判断し事情聴取などは後回しとなった。

4階の遺体が見つかった側の角部屋は煙突の不調で閉鎖中だった、煙がかすかに逆流しており匂いがした。


ツウが部屋の窓から下を覗いている。


「にゃー、おもったより高いにゃあ」


「一階が他のフロアより高く作られていますし、もともとはこの辺りを納める貴族の建物でしたから、全体的に天井が高く作られているようですね」


メガネを直しながら部屋に入ってきた曹長が言った。手元の資料を歩き見ながら続けた。


「魔法捜査研究所から報告が上がりました、使われた魔法は拘束とみられ、太ももから上半身にかけて身動きが取れなかったものと推測されます。流派及び使用者の特定はこれからの模様です」


「報告ご苦労」


「なあツウ、魔法の使用者よりも使用された魔法が特定されるもんなのか? 」


煙が逆流する暖炉を見ていたテオが言った。


「確かに珍しくはあるにゃあ。迷宮の影響じゃにゃいか? 魔素が体中にこびりついていたからにゃあ、他の魔素の影響といったとこにゃね」


「拘束の魔法が使用されるのは珍しいからではないでしょうか、使用者も最近は少ない魔法ですから」


曹長が手元の報告書を見る。


「にゃるほどにゃ~」


「それに、ここ数日の宿泊者のリストを参照のところ拘束の魔法を使用できる物はいませんでした」


「外部犯かな?」ケホケホと暖炉から逆流してきた煙にテオがむせた。


「外部というと、宿泊者ではにゃいと?」


「うん、冒険者でもないかもしれない」


「にゃお? 犯人は少なくとも拘束の魔法は使えるのにゃぞ?」


テオが暖炉を覗き込むのを止め椅子に掛けた。


「拘束って魔法は対人を想定した魔法だよね」


「そうだにゃ」


「たしか迷宮を潜る冒険者って拘束の魔法を覚える人は少ないんだろ?」


「どうかにゃ? どうなんだ曹長? 親戚に冒険者が何人かいただろ?」


「はっ、迷宮探索を専門とする冒険者は確かに少ないように記憶しております」


「他にどういう冒険者が覚えるんですか?」


「昔であれば野盗対策に商隊護衛なんかを生業にしていた冒険者なんかは必須だったみたいですね。あとは人型のモンスターとの戦闘が多く想定される冒険者も覚えるようですね。地域によっては前衛でも覚えている人は多いみたいですよ」


「ポロ迷宮は人型モンスターは出ないんですか?」


「ポロの迷宮にも人型のモンスターは居ますが…… 拘束より対象を麻痺状態にさせる類の魔法が優勢だそうです。そちらの方が他のモンスターにも応用が利きますのでそれらを覚えるか、いっそのこと攻撃的な魔法を覚える冒険者が多いみたいですよ」


「そうにゃね、拘束は習得に根気が必要にゃからね。私がもし冒険者にゃら解り易い攻撃魔法を覚えるとおもうにゃ。にゃがポロの迷宮でいうと迷宮の中の商店に雇われてる用心棒なんかも覚えてるんじゃにゃいか? 拘束魔法の方が発動間隔みじかいしにゃ」


「迷宮内に商店なんてあるのか?」


「あるにゃよ~、地上に比べてアホみたいに高いけどにゃ」


「商店の多くが店主自身が高ランク冒険者というパターンが多いですけどね」


「そうにゃのか? 曹長」


「はい、母の親類筋が迷宮の中層で営んでおりました。今は引退しておりますが」


「はえー。まあ曹長が言うなら確かにゃのだろうにゃ。あ、後はアレにゃ」


「アレ?」


テオが首をかしげる。


「にゃ。わからんか? 目の前にいるだろ?」


「あ、ほんとだ」


「我々憲兵や一部の警察官がつかう拘束の魔法は流派が独自のものですから」


曹長が報告書のとあるページをテオに向けて言った。そのページには複雑な線が交差していた。


「にゃ、それに我々が使かう杖は発する波形が独特だからにゃ」


「というと?」


と反対に首をかしげたテオに曹長が補足を入れる。


「魔捜研が見たらすぐ分かる、その連絡が無いという事は警察や憲兵の者による犯行では無いと考えてもいいかと」


「あ、そういう事…… ですか」


「それににゃ、ふとももから上なんて呑気にゃ事はしない、するにゃらつま先から頭まできっちり魔法をかける、日々そういう訓練をしている、手を抜くほうが難しいにゃ」


「とは言え…… 」


「ん?にゃんだ? 」


「いや、なんでもないよ」


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「何を言うつもりだったんだ?


憲兵本部の計らいで帰りの列車は特等席だった。パーサーに部屋に案内されてしばらく、テオとネコは発車を待っていた。


「疑うべきき人物は増えたんじゃないか? 僕はそう言いかけたんじゃなかったかな?と 」


「ん? 警察や憲兵は容疑から外れるという話ではなかったか?」


「彼女は警察や憲兵が使う杖が独特の波形をすると言ったまでで、憲兵や警察官が他の、昔に市販されていたような杖で犯行を行った場合はどうなるんだ? とか考えてましたね」


「なるほどの」


「それに無意識に警察官や憲兵を除外してしまっていたなと内心すこし反省していました」


「反省は大事であるからな。しかしうぬよなぜ言わなかった?」


「んー。言わなかった…… と、いうよりかは言えなかった。が、正しいかもしれません、彼女の顔をみたら言えなかった」


「我からは死角で表情は伺えんかったが、そんなひどい顔をしておったのか?」


「ひどい、というか。なんと言えばいいんでしょうか…… たぶん憲兵になれなかった、試験に合格出来なかった友人を思い出してた。あの時、そういった関係者、要は警官くずれ憲兵くずれみたいな人物まで容疑者を広げるべきだ、なんて僕が言ったら彼女を傷つけてしまう、そんな気がしたんです、もし犯人がそういう人物なら僕は…… でしゃばらずサポートに徹しようかなとも思ってました」


「優しいのだな」


「優しいですか? 僕が。そう、僕が傷つきたくなかっただけですよ」


警笛と共に、ベルが響いた。ガタンと列車が走りだした。

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