第1話 7/15

曹長が「第一発見者はこちらに」と案内した部屋に入る。


ギルドの2階、入り口に応接室と書かれた無機質さが印象的な部屋に彼女はいた、部屋の中央には簡素な机が一つと椅子に座る第一発見者。女性の背中側、部屋の隅には一昔前に流行ったタイプのストーブがボンヤリと明るく部屋を暖めていた。

曹長が机の横に立つと言った。


「こちらが第一発見者のチャーロさんです」


ツゥは腕組みをして座る女性の向かいに立つと握手をせんと手を差し出す。


「憲兵中尉のカッツォです。ご協力に感謝します」


「別にいいわよ。王国民の義務ってやつっしょ」


チャーロが椅子にかけたまま言った。腕組みを解く様子はなかった。


「長時間お引き留めして申し訳ありません」


女の向かい側の椅子にツウが掛ける。

テオは入り口のすぐ横、ツウの背中側の壁にもたれて立った。紹介を終えた曹長が彼の横に並んだ。


「義務とは言いましたけどぉ、いい加減帰りたいんですがー」


「私で話を聞くのは最後ですので」


「はいはい分かりました」


「では、ご遺体を発見した状況を」


「んもぉぉ!さっきも話したわょ、さっきの刑事さんにでも聞いてよ!」


バンと机を叩く音が狭い室内に響く。


「落ち着いて下さい、私には第一発見者ご本人に話を聞く義務があります。これは王命に準拠するものでもありますのでどうかご協力を」


「ふん」


「まぁ獣人と会話なんてしたくにゃいと仰るならそれでも構いませんが」


「はぁあ」


おもむろに女は煙草を取り出し咥えた。


「ただ、次回の冒険者登録の更新時に私が担当官とにゃる可能性がある事もお忘れなく」


数刻、女性がツゥを睨みつける。


「わかったわよ、話せばいいんでしょ!」


「はぁ」とため息をつき女が煙草をくわえた。


「なんで今日に限って寝坊したのかしらね」


火をつけ深く煙を肺に入れる。煙を吐き「はぁー」と長い溜息が漏れる。


「いつもならねー、朝市に間に合うように迷宮入ってる時間なんだけどー、起きたらもう夜明け前でしょー、やっちゃったなーって思いながら急いで降りてきてさ、ギルドの掲示板見てたのよ。したらさぁ低層階の魔石の交換レートまぁた下がっちゃってさ、もぅ今日は休みでいいかなーとか考えてたのー。そろそろアタシもパーティはいっちゃおかな? って思ってたからぁ。今日は入れてくれるパーティでも探しちゃおうっかなーとかね、そう思ってたのよ」


「あのぉー」


「なによ」


「遺体を発見した時の状況を教えていただければ、、、」


「だからこれからじゃないの!話を聞きたいって言ったのはあなたでしょ!黙って聞く!」


「にゃい…… 」


「ふんっ」


女は再びタバコをふかした。


「まぁそろそろアタシもぉ、ダンジョン慣れしてきたしー、ギルドの安宿も流石に飽きたっしょー。中層まで潜るパーティの荷物持ちくらいならできっかなーって。で、食堂いったらさぁ、だいったい報酬で揉めてるパーティの一つや二つあるもんっしょ、そんなパーティにアタシから声かけちゃおぉって。んで行ったら誰も居なくて驚いたよねー。たしかにさ時間早いよなー? とか思ったよ。でも中層に潜るパーティなんて時間関係っしょ? まぁちょっと待ってたら戻ってくるパーティもでてくるっしょ、とりまパンでも買って食べながらまとーって。したらさぁ食堂にダーんレも居ないの、居ないってアレよいつもの食堂のオバチャンがよ。どんな時間でも1人くらいは居んのにね。んでも厨房の奥の方に人の気配はしたから声かけたのよ『すみませーん』って、んで出てきた人がなんと事務局長さんじゃん、ビックリしたよねー。んで事務局長さんが『ごめんなさいね、ギルドマスターがオバチャン達つれてダンジョンに入っちゃったから、今日売ってるのはパンと牛乳だけ』って言った時に気づいたよね。あ、そっかーこの前の殺人事件でこのダンジョン駆け出しかソロ専門の冒険者しかいねぇんだったわって。中層まで一気に行く魔法陣つかえないって不便よねぇ、そら中堅組は仕事しにギルド来ないわ。まぁ仕方ないからぁパンと牛乳だけ買ってぇ、食べ終わったら今日は一日街でメンバー探しだーって、そんなこと考えてたっけなー」


「あのー?」


「なに」


「いえ、にゃんでも……」


もう一口吸うと女はタバコをもみ消した。


「ほいでまぁ、しゃーないからぁ席ついてパン食べながら今日はついてねぇわーとか思ってたのよ、でも暖炉前のあったかい席あいててラッキー!街でもいい感じに揉めてるパーティ見つかりそう!とか思いながら食べてたんよ。でー。いつもならさぁ、ほら、強面の上級冒険者とかその取り巻きのパーティが暖炉のまえ陣取っててさぁ使いづらかったっしょ。静かぁな食堂で、暖炉のパチパチって音もいい感じだったしー食べ終わってからも暫くヌクヌクしてたのよねー。そしたら『うわー』って男の声のすぐ後に『ドンッッ』って」


彼女のドンという擬音と共に机がバシンと叩かれた。その音にツウが驚いた。


「ごめん驚かしちゃった?」


「いえ、大丈夫です。続けて」


「ん? 終わったよ? ご飯食べてーヌクヌクーしてたら背後でドン」


「あ、うん、終わり……? 」


女が次のタバコに火をつけながら頷く。


「えーその後はどうされましたか?」


「えぇーその後? その後わぁ…… 音がした方を見てーって、音がしたん外ぽかったからぁ窓から外みたらぁ人じゃん!? 倒れてんじゃん!? ってなって慌てて誰かーって呼んだかんじ?」


そう言いながら首を傾げる女性にテオが「あの」と声をかけた。


「すみません。なぜ疑問系なのですか?」


「ギモンケイ?」


「あぁ、あの自信が無さそうと言いますか」


「あぁーなんかねぇ、びっくりしちゃって記憶がアイマイ? かな? ダンジョンで死体なんて良く見てるのにねー、だからこそ分かるって言うかぁ。死んじゃった人の顔だったのに、なんて言うんだろ…… 今まさに死にましたって感じは初めてだったからぁ、なんかね」


女が数刻テオを見つめる。


「ってかお兄さん何者??」


すかさずツウが言う。


「彼は私の助手です」


「なるほど、助手さんねー。てっきり中尉さんのヒモかと思った」


「ヒモッッ……!! 彼は王立大学の研究員で犯罪に詳しいので、普段からアドバイスを貰ったりしてます」


「へーすっご! その若さで先生してんの?」といいつつ二本目のタバコをもみ消す。


「いえ、僕はまだ研究員で」


「ケンキュウイン? ま、先生なんでしょ! 先生こんど遊び行こうよ!」


「だから先生とか呼ば「ニャ!彼は忙しいのであなたと遊ぶ時間はありません!」


ツウの憲兵服からはみでたしっぽが少し逆立っていた。


「ふーん、そーいうことー」


女はツウの顔をニヤニヤと見ていた。


「ま、いいや。話はこれだけ? もう帰っていい??」


「ごめんにゃさい、もう少しだけ…… 倒れてる人を見つけて、人を呼んだその後は?」


「その後ぉ? ギルド職員さんが集まってきてーわーってなってー。で…… お巡りさん? 憲兵さん? どっちかわからないけど制服の人が来てぇ『第一発見者は誰ですかー』って聞かれたからぁ『私ですよー』って。でぇ気づいたらココ! みたいな?」


「ですか…… わかりました」


ツゥが椅子に座ったまま腰をひねってテオに問いかけた。


「もういいかにゃ?」


テオが「ん」と言いながら壁から離れツウの斜め後ろに立った。


「では僕からも、改めて…… 倒れてる人を見て直ぐに死人だとわかりました?」


「いやぁ? 直ぐにはわからなかったかな? ちょっとしてから?」


「ちょっとしてからですか…… 食事をされた後との事ですからアナタは椅子に座っていたと思いますがどうでしょう?」


「うん、座ってたよー」


「食べ終わって、暖炉の前の椅子でゆっくりしていた所、男の叫び声、その直後に背後でドンという音を聞いた」


「そうだね」


「椅子に座ったまま振り向いて人が倒れている事がわかりましたか?」


「ううん、見えなかった」


「そうでしょうね、一階の窓の高さや死体があった位置からして、ちょうど死角になります」


「あー、気になって立ち上がったら見えたかな?」


「その時に死体だと思った?」


「いゃー、うん…… どうだった、けな?」


「貴女は先ほど『外を見て、人じゃん!倒れてんじゃん!』と言いました。という事はまだ死んでるとは思っていなかったのでは?」


「んー、そーだね。そんときはなんだろ…… えっ?なに!? って思ったかな。んで、窓に駆け寄ったの、駆け寄って人じゃん! 倒れてんじゃん! からの死んでる! ってなってー。でー、誰かー!って」


「よく死んでるってわかりましたね」


「だってほら、顔が…… 」


「事件当時、もうすぐ日の出とはいえ周りはまだ暗かったでしょう。食堂から漏れる明かりにも限界がある。貴女が窓際に立つと室内からの明かりが遮られてなおさらだと思います、実際のところ顔は良く見えなかったのでは?」


「ん? あー。いや、まいったなぁ」


「ちゃんとお話したほうが身のためですよ」


「そーです、アービスりの魔法をつかいましたっ」


「んにゃんと」


ツウが机の上に置かれていた彼女の冒険者登録証を確認した。


「高濃度魔素区域外で魔法が使用できる方は登録が必要で、緊急時以外の実際の魔法の使用にも事前の届け出が必要です。あにゃた、冒険者なら知ってるはずよね」


「ちょっとまって! ダンジョン外で使える様になったの最近なの! それにねっ、まだダンジョンの入り口近くの魔素がちょっと濃いなー漏れてんなー! くらいのとこでしか使えないからぁ!」


「それでもです! 利用登録者以外が無闇に魔法を使う事は法に触れますよ! その件も後でお話を聞きますから」


「ええー! ギルドの周りじゃ皆んな使ってんじゃん! もー疲れたー!」


「まぁツゥ、今はこの事件に集中しよう」


「ふー。そうにゃね、無断使用の件は後でポロ警察にでも頼むにゃ」


「で、チャーロさん。使った魔法はアービスりなんですね? 鑑定とか判定とかではなく?」


「そんな高度な魔法使えてたらソロでダンジョンなんかに潜らないわよ! アービスりよ あ あ び す !」


「わかりました。実際の灯りを出したのは倒れてる人と、そうですね、窓の間くらいですか?」


「そーです!」


女は深くため息をつく。


「お答えいただきありがとうございました」


「はぁー。一日損したわっ」といって次のタバコを咥えた。


「ところでチャーロさん。冒険者登録の講習会でも習ったと思いますが、迷宮を始めとした高濃度魔素区域の外で魔法が使える事がわかった場合、24時間以内に最寄りの警察署、憲兵詰所、国王軍駐屯地などに届け出る、もしくは届け出る為に方法を講じる必要があります」


「にゃ、テオ…… 」「それくらい知ってるわよ!」


「初めて迷宮の外で魔法が使えたのは昨晩、まぁ寝る前とかだった。で、今日は起きたら昼は中堅冒険者を探すついでに警察署に登録に行く予定だった。そうではありませんか? 」


「にゃーーー」と言いツウが渋い顔をする。女は首を傾げ目を丸くしていた。


「登録者であれば今回のような緊急時、実際に人が倒れていた訳ですから。そういう場合には事後の報告さえあれば咎められる事はありませんから」


「あー…… そ、そう!そうなの! 登録しに行く予定だったの! 事件の事で動転して…… うん、忘れてたわぁ!」


「にゃ…… 今日は一日メンバー探しって言って…… 」


「登録の後! した後に行く行くつもりだったの!」


「はぁ。まぁそう言うことにしておくにゃ、テオ他に聞くことはにゃいか?」


「んー、ひとまずは大丈夫かな」


ツゥは女に向き直した。


「お話をありがとうございました」


「終わり! もう部屋に帰っていい?」


と人差し指を上につきだす。


「いや。あにゃた魔法使用者登録があるでしょ」


「あちゃーそだったわ」


「その前に2.3手続きを済まして貰いますけどにゃ」


「えぇぇー! まだ何かあんの!?」


「協力金がでますから、その手続きですよ。曹長ご案内を」


「え!お金でんの!やったぁ!ラッキー! 」


女が立ち上がり歩き出す、テオの真横を過ぎようとした時だった。


「先生もありがとね」


と女がテオのほほに口づけをした。


「じゃね」


と手をフリフリさせた女は曹長と部屋を去った。

部屋に扉が閉まる音が響く。


「お疲れ様」


「にゃーーーにがお疲れ様にゃ!」


「どうしたんだよいきなり、毛が逆立ってるぞ」


「ちょーっとかわいいからって! 優しくして! 」


「たしかに綺麗な人だったけど、急になに! 優しくした!?」


「初回の違反ならちょっとした注意と冒険者登録の減点で済む事にゃのに! 抜け道を教えあげくキスまでされやがって!」


コノ!コノ!と背中をツウが数回叩いた。


「ごめん、ごめん! イタタ! ごめんって! 彼女が使用した魔法をはっきりさせないと大杖ロッドで測定した結果が狂うかもしれないだろ! 」


「そうだけどにゃぁ! だからって違反したのは事実で! 罰則は受けるべきにゃ!」


「事件後ここに拘束したのは事実だし! ほら、拘束してなかったら言ってたとおり警察署に登録に行ったかもしれないだろ! イタイ!痛いよ! 」


「で、テオ!なにかわかったかにゃ!?」


「何も!」


今日一番のバシンという音が応接室に響いた。


___

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「やはりうぬらは仲がよいの」


「いや、仲がいいって言います?これ」

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