君への気持ちを隠そうと君をからかってみるけど君の照れ笑いが僕の胸を突き刺してく

川谷パルテノン

一夜かぎり

 洞穴の魔獣。数多の命を喰らい、今なお郷を脅かす存在として恐れられていた。勇気ある者が獣を討つべく何度も挑戦を試みたが力の差は歴然。皆帰らぬ人であった。

 

 一方その頃、終電を逃して立ち往生してしまった聖子はとりあえず泊まれそうなところを探していた。ともあれもって生まれたケチ根性が邪魔をしてなかなか妥協できずにいる。よく知らない土地勘もない町を歩くのにも疲れてきた頃、聖子は丁度よい手頃な洞穴を発見する。


 魔獣は人の匂いを嗅ぎつけた。それも若い娘の匂いだ。千年生きれば匂いだけで年齢が嗅ぎ当てられるのである。二十二歳、大卒したてか。魔獣は新たな獲物のほうへと近づいていく。


 聖子は雨風が凌げて無料なら言うことなしとこの洞穴を今夜の宿とする。できれば簡単なものでいいのでモーニングが出ればなおよしとメニュー的なものを探したが当然なかった。些かゴツゴツとした地面の寝心地は最悪であったものの聖子にしてみれば無料に勝るものはない。ただそんな聖子に迫っている危機を彼女はまだ知らない。無料ほど怖いものもないということを。


 魔獣は獲物を発見した。その距離約二メートル。すこぶる近い。獲物は爆睡していた。魔獣自身、この距離まで無傷で敵を近づけたことはこの千年一度たりともなかった。近づいたのは魔獣自身だがレコードは千年ぶりにやぶられることになった。それはさておきあまりにも簡単な仕事だと魔獣は歯応えのなさにため息をついた。餌はエサ。そう言い聞かせて再び歩を進めた。魔獣が一歩近づくたびに記録は更新され、いよいよ目と鼻の先に迫った新人OLの記録は今後破られないでしょうと解説者は言った。


 聖子は夢の中でペガサスに乗っていた。よくよく考えるとユニコーンだったかもしれない。厳密にはバジリスクだった。額のあたりに熱を感じる。え、ウソ? コロナ? 冗談じゃない! 聖子は新人だ。仕事では頑張りたいと思っている。まだそういった時期だ。休みますとか言いづらい、そういった時期だ。パッと目を覚ますと熱の正体が化け物の鼻息であると悟った。夢から覚めてもまた夢などということがあるのだと感じた。彼女は臆することなくそして都合よく状況を捻じ曲げた。幼き頃に盤面が傷だらけになるまでヘビーローテーションされた『美女と野獣』のBlu-ray Disc(DVDだったかもしれない)。今自分はその夢を見ている。


「だいたいわかったわ。私がベルなのね」

「何を言っている」

「呪いは私が解いたげる」

「何を 言っている」

「踊りましょう シャルウィダンス?」

「殺すぞ」

「いいからいいからさあほら手を出して」

「殺す」


 魔獣は丸太ん棒のように太い腕を振り翳した。聖子はひらりとかわす。魔獣、その動きに理解が追いつかない。違うほうの腕をしゃくりあげる。聖子、ひらりとかわす。魔獣、咆哮。両腕で叩き込む。聖子、ひらりとかわす。魔獣、キレる。聖子、キレッキレる。

「いい感じよ。バレエ習ってた私に合わせてくれるんだもの。呪いが解けるかもね」

「阿ァアアアアアアアア!!!」

「季節は今」

「フシャアアアアアアア!!!」

「移りゆき」

「なんなんだ! なんなんだ貴様!」

「かじかんだ 心にも 春がくる」

「殺殺殺殺殺殺殺ッ!!」

「少しずつ 歩み寄り」

「堕リャアアーーーッ!!」

「愛はそだつ ふたりの心」


 ハアアアーーーーーッッ!!

 Beauty and the Beast♪♪



 翌朝、魔獣討伐に若者が洞穴を訪れた。彼は本当は戦いたくなかった。勇気などではない。だが村のためだと村民にせがまれて引くに引けずここにいる。脚は震え、涙が止まらない。振り絞って出した声すらカッスカスだった。

「ま、魔獣! 覚悟、かかくごしろい!」

 おそるおそる進んだ先で彼は腰を抜かした。なんと魔獣は岩場に頭部をぶつけて絶命していた。その顔は何故かテンピュール枕の上かのような穏やかさ。そばには何故かリポDの空き瓶が落ちていたという。


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君への気持ちを隠そうと君をからかってみるけど君の照れ笑いが僕の胸を突き刺してく 川谷パルテノン @pefnk

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