第51話 行き先が分からない船

「分からないってどういうこと?」

「へっ?」


 ステファニアが一歩下がった。両手を腰にあて、徹底議論の構えだ。


「愛してるかどうか、なんで分からないのって聞いてるの」

「だって……ずっと会ってなかったし。正直言って分からない。考えたことがない」

「じゃ、この5カ月間何を考えてたの?」

「深く考えたことがないって意味だよ。イエスノーNOじゃ答えられない」

「意味不明なんだけど。イエスノーNOで答えられる質問でしょ!」

「愛してるとか愛してないとか……そういうのは、簡単に言えない。時間が必要だと思う。頭がぐちゃぐちゃになる」

「時間ってどのくらい? ここまで人をほったらかしてその言い草? あと何カ月必要なの? 1年? 10年?」

「ステフィ……」

「どうせ考える気なんかないんでしょ。あーあ、来なきゃよかった。煩わせてごめんね。一人で永遠にぐちゃぐちゃになってれば?」

「帰るのか?」

「帰ってほしいでしょ」

「なんでそんなふうに言うんだ。いてほしいに決まってるだろ」

「今さら? さんざん放置だったくせに。私がいなくなって清々してたくせに!」

「そういうことを言うから会いたくなくなるんだよ!」


 どこかで陽気なメロディが鳴っていた。彼女の携帯電話だ。画面を見てステファニアがためらった。


「出ろよ」


 ドアの前で双方とも動かず、2匹の毒蛇みたいに睨み合った。


「こんなことを続けていられないの。私だって時間を無駄にできない。ずっと考えてたんだ、私たちって何だろうって。それをはっきりさせたいから来たの」

「出ろってば」

「この関係が本物かどうか知りたかった。偽物ならそれでいい。次に進めるから」

「偽物って? 勝手に決めるなよ。一緒にいたいって前は言ってただろ。それが嘘だったのか?」

「行き先が分からない船には乗っていられないってこと」


 言うが早いか鳴り続ける電話に応答すると、その顔が柔らかくほころんだ。


「ハーイ、ケヴィン。……うん、場所は知ってるから。じゃ、あとでね……待ってる♡」

「誰だよ、それ!」

「誰だってよくない? 私たち終わりなんだから」

「男がいるのか?」

「関係ないでしょって言ってるの。どいて」

「誰なんだ?」

「ネットで知り合った友達」

「で、そいつと会うからついでに寄ったのか? 会わなかったあいだに男をつくったのか?」

「自分はどうなの? 人を尻軽女みたいに言うけどさ、女は一人もいなかった?」

「……えっと」


 5カ月間、修道士みたいに生きていたわけではなかった。女の子を家に連れ込んだこともある。しかし本気にはならなかったし、彼女を忘れていたわけでもない。むしろ思い出していたのだが、そう言っても火に油を注ぐだけだろう。答えあぐねていると、サファイア色の目に怒りが燃えあがった。


「くそったれ、出てって!」


 レンツォはアパートの廊下に押し出された。ドアが閉まった。また着信音が鳴ったが、今度は自分の電話だった。


『今どこだい?』

 ジャンニがいきなり訊いた。


 電話を耳にあてたまま鍵を捜してポケットをまさぐった。くそ、テーブルに置きっぱなしだ。


「ステファニア、開けろ!」

『カシーネ公園で死体が見つかったんだ。事件が疑われるんで見てほしいって言ってきてるんだよ。付き合う気があるか――』

 ドアの奥から声が返ってきた。

「出ていけって言ったのよ、クソ男!」

「クソはどっちだよ。おれの家だぞ!」

『――と思って電話したんだけど、忙しそうだからやっぱりいいよ』

「大丈夫、行ける」


 思わず戸を叩いた。彼女に男がいる。部屋から閉め出されて、鍵がない。状況に対処しようと脳が忙しく働いているが、真っ白で何も思い浮かばない。


「ステフィ、行かなきゃ。ここにいろ。帰ったら話そう、分かったか? どこにも行くなよ」


 そして返事を待たずに階段を駆け下りた。

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