第52話 銀色のブレスレット
ミケランジェロは公園のパーキングエリアに車を停め、エンジンを切ってそのまま動かずにいた。
自分の判断が正しいかどうか分からなかった。上の命令に従って行動すべきなのに、死体発見の一報を聞いて独断で駆けつけてしまった。これで事件性がなかったら間抜けもいいところだ。
しかし明日までしか捜査活動に参加できないなら、何か少しでも成果を残しておきたい。
車を降りると静かだった。空は真っ黒で、風もない。街灯のオレンジ色の光が駐車場を照らしている。公園の奥に目を移すと、車両の侵入を阻む柵があり、ジョギングコースが闇に消えていた。無線で聞いたところによれば、死体が見つかったのはその先だ。
見える範囲には誰もいなかった。スマートフォンの光で足元を照らしながら進むと、行く手に青い光が見えてきた。
木立が途切れるところにパトロールカーが停まり、2人の警官が救急隊員と話していた。急に向けられた懐中電灯に目が眩みながら、ミケランジェロは身分証を提示した。警官の不審そうな目は揺らがなかった。ドラッグの密売人と思われたわけではないだろうが、新顔だからすぐには同僚だと信じてもらえなかったのかもしれない。
「モレッリ警部は?」
ミケランジェロは返事に困った。しかし、警部に連絡が行ったならやはり事件の疑いがあるということだろう。
「彼もこっちに向かっていると思います」
死体は植え込みの内側に横たわっているようだ。ブレスレットをはめた華奢な手が見えている。肌はやけに白い。
目が離せなくなった。
このブレスレット。見覚えがあるような気がした。パトロールカーの点滅灯を受けて銀色に光るそれは、アレッサンドラが写真の中でいつも身に着けていたのと同じものではないのか。
彼女の投稿が昨日の晩から途絶えていたわけは――
まさか、そんな、やめてくれ。
*
カシーネ公園はアルノ川に沿って広がるフィレンツェ最大の公園だ。緑にあふれ、昼間は散歩やスポーツを楽しむ人で賑わうが、夜になると様相は一変する。街灯が少ないのであたりは真っ暗になり、麻薬の取引が行われ、売人と客をめあてに娼婦が集まってくる。日が落ちたあとは、まっとうな人間はまず足を踏み入れない場所だ。
ジャンニは大通りでレンツォを拾い、捜査車両のランチャ・イプシロンを小川沿いに走らせた。死体の発見場所は平行して伸びるジョギングコースの脇だった。
「ラリって死んだ女だろうと思うけどな。通りかかった別のジャンキーか売人が見つけたんだよ、きっと」
薬物を過剰摂取した状態の人が冷たくなって発見される例は枚挙にいとまがないのだった。しかし、どんなろくでもない生涯を送ったにせよ、ひとけのない夜の公園でそれに終止符を打つというのは何とも気の毒だった。
場所は遠くからでも分かった。停車中のパトロールカーが木立に青い光を放っている。少し離れた場所にミケランジェロが立っていた。呆然とした表情だ。
「どうした? 気分でも悪いのかい?」
ミケランジェロは首を横に振った。
「大丈夫です。……その、知っている女性かと思ったもので……。ブレスレットが似ていて……」
ジャンニは植え込みを覗いた。女が両手を地面に投げ出し、仰向けで横たわっていた。Tシャツにジーンズという服装は昼間と同じだが、瞳から光が消えている。
ミケランジェロの声が後ろから言った。
「フラヴィアです」
死体はマヤの同居人だった。
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