第13話 最後の通話、その28時間後

 ラプッチの呼び出しに応じるのは後回しにし、ジャンニは被害者の前妻についてミケランジェロに語り聞かせていた。


「素っ裸というと……服を着ていないという意味ですか?」

「ああ、何もお召しになってない状態だ」

「何も? つまり下着も?」

「だからそう言ってるだろ、生まれたままのすっぽんぽんだ。けど、おれはその後のスケスケのブラウスのほうが好みだな」

「下は、その……やっぱり何もはかないままで?」

「黒のスカートをはいてた。なんだ、ミケ坊や、年上の女が好みかい?」

「いえ、別にそういうわけじゃ」

「次は連れてってやるよ。むっちむちでぴちぴちのミニスカだ。足を組み替えるんだよ、しょっちゅう、おれの目の前で。困ったよ」


 レンツォは窃盗の前科者の多さに文句を言っていた。データベースにアクセスして身分証明書の持ち主を特定しようとしているのだが、管轄内での検挙者数は年間数百人にのぼる。見たことのある顔をそこから捜すのは忍耐力を要する作業だ。煙草を吸いに行く回数からして、早くも飽きてしまったようだった。


「教授はあの配管工の存在を知っていたのかな?」

「知ってたらどうなんだい? 元女房が配管工のあんちゃんに水道管を直してもらうついでにからってそれが何だ。もう離婚してたんだぞ」

「まだ未練があったとしたら? 嫉妬心のせいで男に殺されたのかもしれない」


 ジャンニは思案した。まあ、配管工の件を口実に再度あのお宅を訪問できるなら、悪い考えではないが……。


「いや、ありゃ単なる頭からっぽの愛人だよ。あの女が元亭主の頭に鈍器をお見舞いするなら分かるけど」


 通信会社の記録によれば、フランコ・ディ・カプアが最後に電話に出たのは火曜日の午後3時すぎで、海外からの発信だった。事件との関連は不明だったが、この電話が手がかりを握っている可能性はあった。というのも、その後の数件の着信はすべて不在着信になっているからだ。


 セバスティアーノがその番号に電話をかけて事情を尋ね、礼を述べて切った。


「誰がすっぽんぽんだって?」

「その話はあとでしてやるから、今の電話の内容を教えてくれ。教授は人生の終わり間際に誰とどんなことを話した」

「今はイギリスにいる大学時代の知人で、電話は近況報告だそうです。ディ・カプアに変わった様子はなく、たまには会いたいものだねと言って普通に話を終えたと言ってます」


 その28時間後、大学教授は死体で発見されることになる。


「被害者は不法滞在の移民と関わっていたらしいですね」

「どういうことだ?」

「偽の身分証明書を売りさばいていたようです。生活や違法な就労のために本人確認書類が必要になった人たちを相手に」

「けど、自宅で偽造していた痕跡はなかった。元女房の家にも何もなかったよ」

「ブローカー的な役割を果たしていたのかもしれない。偽造業者と客を仲介し、手数料をもらうんです」


 ジャンニは本物そっくりの身分証明書を眺めた。写真にうつった30代半ばに見える男は、どこか疲れたような目でカメラを睨んでいる。


「じゃ、こいつも顧客のひとりじゃないか?」

「その可能性があるから特定しようとしてるんだろ? 本名さえ分かればとっくに捜せてる。分からないからこいつらの顔をひとつひとつ確認してるんじゃないか」

「偽造品ってのは、ピザみたいに店に行って注文したら5分で出てくるもんじゃない。それに、この男は教授と直接会ったことがあるとは限らない」 

「つまり?」


 言わんとすることが分からず、他の3人が怪訝な顔を見あわせる。ジャンニは電話を耳にあてて会話するふりをした。


「ああ、もしもし、ディ・カプア教授? おれだけど。偽の身分証明書が1個ほしいんだ。氏名はジャンニ・モレッリ、マルチェロ・マストロヤンニに似た色男で身長185センチ……住所は、そうだな、カプリ島あたりの避暑地を希望……てな具合だ。おれたちの手元にあるのは何だい? 教授先生が誰と連絡をとりあってたかが分かる一覧表じゃないか?」


 通話履歴には発信や着信などの情報が日時とともに記載されている。


「この中にいるかもしれないってことか」

「そうだ。リストは最近3カ月分だよな。そのあいだに1回でもこいつがディ・カプア先生の携帯と電話してりゃ、番号が載ってるはずだ」


 このときはまだ、ジャンニは楽観的だった。容疑者の特定はたやすく、捜査はすぐに終わるだろう。根拠もなく、そんな見通しを立てていたのだった。じきにそれが大間違いだと思い知らされることになる。


 執務室からラプッチが出てきてジャンニに顎をしゃくった。


「わかってるって、今行くよ」


 通話履歴にある電話番号のうち、ひとつがデータベースの情報と一致した。そこに紐付けられた逮捕写真を見て、レンツォが歓喜の声をあげた。


「見つけた! こいつだ」

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