第12話 刑事部長の憂鬱

 マルカントニオ・ラプッチ警視長は嫌悪に顔を歪めた。モレッリ警部のオフィスの散らかり具合を、あらためてまのあたりにしたからだった。


 ピザの空箱とジャンクフードの包み紙が転がり、埃まみれのカレンダーは去年の12月のまま。デスクは拭いたことがなさそうで、ノートパソコンにはコーヒーの染みがこびりついている。署内でネズミを見たという声が相次いでいるが、巣はここかもしれない。


 とても自分の部下の仕事場とは思えなかった。新聞記者に見られて記事にされたらどうなるか分かったものではない。監督不行き届きで署長から厳重注意はもちろん、解任を求める声が上がる可能性もある。考えただけで頭が痛くなってきたので、ラプッチは思わず額に手をあてた。


 部下はいずれも職務熱心で信頼でき、品行方正な者ばかりだが、あの万年警部だけは例外だった。ゴミ置き場のような机は警察署にふさわしくなく、自分がここに着任した以上、たるんだ勤務態度は許さないと何度も言っているのに効果は全くない。ジャンニには扉つきのオフィスを与えなければならないだろう。それも、早急に。この有様を外部の人間に見られないようにするにはそれしか方法がない。


 連続強盗の犯人を特定すらできないのも、この乱雑きわまる仕事場のせいではないだろうか。


 昨夜、被害に遭ったのは署から徒歩1分のハンバーガー屋だ。行きつけにしている署員も多いと聞いている。舐められたものだ。腕を伸ばせば届く距離で強盗事案の発生を許し、すみやかな検挙もできなければ機動捜査部スクアドラ・モービレの評価は地に落ちるというのに。


 積んである雑誌に目をやる。どれも低俗な見出しが並ぶゴシップ誌だ。まったく、あの男はどうしてこういう下品なものを職場に、しかも見えるところに平気で置いておくのか――


《あっちも科学で説明できないほどすごかったの――幽霊とSEXしたモデルの衝撃告白!》


「なんだ、読みたいなら言ってくれればいいのに」


 振り返ると、ジャンニが立っていた。トレードマークのような薄いストールをだらしなく首に巻き、ケバブの容器を持って反対の手はポケットに突っ込んでいる。


「あんたがそんなのを読むとは知らなかった。好きなときに返してくれればいいよ」 

「か、貸してくれなくて結構だ。私はきみと違ってこんなものには興味はない」


 顔を赤らめて雑誌を元の場所に戻し、ラプッチはジャンニを捜していた理由を思い出した。

 昨日配属された、上院議員の息子であるミケランジェロ・ヴェッルーティ警部に関し、内密に話しておかなければいけないことがある。


「ああ、そうだ。ジャンニ、ちょっと執務室に来てもらえないだろうか。相談があるのでね」

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