第11話 結婚生活のトラブル
インターホンを押すと、ドアはすぐに解錠された。元教授夫人が住む3階まで、ジャンニは階段で上がった。
「家捜ししてみようや。教授は離婚するまでこの家に住んでたんだから、証明書の偽造に使った道具やなんかがあるかもしれない」
「でも、令状を持ってきてないよ」
「そんなもん必要ない。お前さんが話を聞いてるあいだに、おれがちょっくら見てまわるから」
玄関の呼び鈴を押した。短い間のあと、くぐもった女の声がした。
「待って、今行くから」
「ちょっくら見てまわる?」
「しいっ。何もなければ無駄なガサ入れを組織しなくてよくなるだろ? 心配するな、おれがやるから。お前さんはできるだけ話を引き延ば――」
ドアが開いた。
全裸の女が戸口に立っていた。年の頃は40過ぎ、目を釘付けにする素晴らしい体型を保っている。プラチナ・ブロンドの長い髪を背中に垂らし、ピンヒールの赤いサンダルを履いている以外は文字通り、真っ裸だった。
重量感たっぷりの乳房から目を離さずに身分証を出すのはなかなか難しかった。
「フィレンツェ署のジャンニ・モレッリってもんです。よければ、ちょいとお話を伺いたいんだけど」
女は気怠そうな目で警察の身分証を一瞥した。
「あら、ごめんなさい。配管工が来たのかと思ったの。インターホンが鳴ったから、あなた方がそうかと思って。お待ちになって」
*
再びドアが開いた時、フランコ・ディ・カプアの元妻は丈の短い黒のスカートと白いブラウスを身につけていた。氏名はヴェロニカ・プッチ、旧市街にある自然派ブランド化粧品店勤務。元夫の死は、すでに知らされていた。
ジャンニはレンツォを呼んで廊下を指差した。
「ああ、きみ、例の件だけど、今すぐ電話で確かめてもらえるかね。ごちゃごちゃ会話されたらお話を聞く邪魔になるから、あっちへ行くんだぞ」
家捜しはジャンニが自分でやる手はずだったが、考えが変わったのだ。ソファに腰を下ろした元教授夫人はブラジャーをつけてないのが一目瞭然だった。最近じゃ滅多にない眼福を若いやつに譲ったらもったいないではないか。
「ええと、デカパイ、じゃなくてディ・カプア氏の件で伺いました。もうお聞きになってますね?」
「ええ、彼の父から電話がありましたから。遺体は向こうの家族が引き取るのよね?」
「そういうことになります」
ブロンズ製の鈍器で頭蓋骨を割るのは、女の腕でも可能だろうか? それほどか弱くなさそうな手で、女はエスプレッソが半分ほど入った小さいカップを口に運んだ。
「顔を合わせることはないと思いますけど。もう関係ないんだし。葬儀にも出ないつもりだから」
「というのは、なんか理由がおありで?」
黒いストッキングをはいた両脚が組み替えられた――おっ、いい眺めだぞ、このアングル。
「だって、別れたんだから。一緒にいるときも、うまくいってたとは言えなかった。私たち、お互いに違いすぎた」
「ディ・カプア氏と最後に会ったのは?」
「それって疑われてるってこと? 警察の見立てじゃ、私は前夫を殺した女?」
「いいえ、
「ヴェロニカって呼んでくれていいのよ」
ぽってりした唇が微笑んだ。こんな立場でなければ、手をとって今すぐベッドに誘いたくなるような笑みだった。
「何カ月か前、共通の知人がいるパーティで会ったのが最後です。最近どうしてる、とか、そんな程度しか話さなかったけど。フランコは学会で受賞したと言ってた。なんていう賞だったかしら」
「学生と共同の研究プロジェクトが評価されたそうですね」
「もう別々の人生を歩んでるんだなと思ったわ。ずいぶん前から別居してたしね」
「誰かとトラブルがあったかどうかご存知ですか?」
「わたしと結婚生活のトラブルがあったけど」
「なるほど。不都合のない範囲でお話しいただけるかな」
「いやだ、真に受けないでよ。喧嘩なんて夫婦にはよくあるでしょ。あなた、奥さんはないの?」
レンツォがリビングに戻ってきた。ジャンニが目顔で首尾をたずねると、首が横に振られた。収穫なし。
ジャンニは咳払いした。
「差し支えなけりゃ、火曜日はどちらにおいでだったか教えてもらえますか?」
*
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