第48話 第二の死体

 ジャンニはトロフィーが発見された顛末をミケランジェロに伝えた。麻薬捜査課のアンナが休憩室に入ってきた。ウェーブする黒髪を背中に垂らし、両手をポケットに突っ込んでいる。


「あの件はもう話したの?」

「追い出されることになってる件かい? ああ、昼間話したよ」


 携帯電話は電源をオフにした。もう今日は誰からの着信にも出たくない。


「ショックよね」

「そうだな。けど、少なくとも後始末が終わるまでは残らせようかと思ってるんだ。書類がしこたまあるし、人手は多いほど助かる」

「人件費の問題で残留させられないって言われたんでしょ?」

「おれが抜けるから問題ないよ」

「抜けるって? え、なに、どういうこと?」

「きっと左遷されるだろうから。トロフィーはオフィスに放置してあったことが問題で、裁判で証拠として採用されないかもしれない。起訴できなかったらおれの責任だよ。それに、ニコラスを野放しにしてこの事態を招いちまったし」


 その考えは病院でも浮かんでいたのだが、口に出すとはっきりした形をとり、鋭い刃物のように突き刺さってきた。

 ジャンニは心を決めた。明日の朝にでもラプッチの執務室へ行き、ギロチンの刃に首を差し出してやろう。言い渡される前にこっちから配置転換を願い出て、手間を省いてやるのだ。書類が一段落するまでは残らなければならないが、こういうことは早めに済ませたほうがいい。そう、決心が鈍らないうちに。


 防犯カメラの映像なんか、もうどうにでもなれだ。


 *


 警察署の受付デスクについているアントニーノ・セッラ巡査は、ふらりと入ってきた男を見て眉をひそめた。痩せこけた中年で、薄汚れたトレンチコートを着ている。浮浪者然としているのはいい。しかし、トレンチコートの下は毛深い脛が剥き出しだ。

 汚れた手がカウンターの窓ガラスに置かれた。


「おれを逮捕してくれ」

「なぜ逮捕しないといけないんです?」

「ブタ箱に入りたいんだ。逮捕してくれ」

「だから、どうして?」


 休憩室からジャンニ・モレッリ警部が出てきた。くたびれた顔でエントランスホールを通りかかり、やりとりを見て近づいてくる。


「なんだよ、グリ、またあんたか。何しにきた?」

「家の前に借金取りの男がいて帰れないんだ。泊めてくれ」

「だめだ。どっかで夜を明かせ」

「ジャンニ、あんたがいるからここに来たのに。おれを寒空の下にほっぽり出す気か?」

「そんなに寒くないだろうが」

「一晩でいいんだよ。おれが借金取りに殺されてもいいのか?」


 哀れを誘う声だったが、ジャンニは付き合う気力が残っていなかった。1秒でも早くベッドにもぐり込みたかった。


「心配するな、殺されたりしないから。警察署は簡易宿泊所じゃないんだ。なんの容疑もないあんたを勾留したら、こっちがお咎めを受けちまう」

「容疑はある。このあいだ食い逃げした。たらふく食って酒もがんがん飲んで金を払わないで逃げてきた。ついでにウェイトレスのお姉ちゃんを見ていやらしいことをいっぱい想像した」

「じゃ、被害届を出すよう店に言ってくれ」

「待ってくれ……あ、そうだ。これでどうだ?」


 ジャンニの目の前でトレンチコートが大きく開かれた。

 アントニーノが夜勤の署員を呼んだ。


「ありがとう、恩に着るよ。ばんざい、警察ばんざい」


 露出狂は投げキスをしながら嬉しそうに連行されていった。

 ため息をついて自動ドアに向かおうとしたところで、今度は通信指令係がやってきた。


「モレッリ警部、携帯の電源を切ってませんか?」

「だって、もう帰るからな。防犯カメラの映像を確認するつもりだったけど、やめたやめた、店じまいだ。それでは皆の衆ごきげんよう」

「まだお客がいるみたいですよ」

「お客って?」


 死体が見つかりました、と通信指令係は言った。

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