第16話 捜査はスリルとは無縁

 嫌な役目はさっさと終わらせる。そう決めたまではよかったが、いざ伝える段になると言葉を思いつかなかった。どのようにして話を切り出せばいいんだか……。


「ミケランジェロ、あのな……」

「警部はどう思ってらっしゃるんでしょう、ぼくがチームに入ったことを」

「どうって?」

「辞めてほしい人がいるみたいなんで」


 ミケランジェロは助手席の窓から外を見ていた。その声は不満げだ。


「えっ? へ、へえ、そうなのかい?」

「自分はコネで警部になったんじゃありません。ちゃんと採用試験に受かってます。警察学校での成績は優秀でした。親の力なんか借りてない。そこを勘違いするやつが時々いるんです」

機動捜査部モービレは入りたくて入れるところじゃないからな。まわりにはお前さんがあっというまに出世したように見えるんだよ。やっかんでるだけだ」

「聞いた話だと、受付係のアントニーノと留置場の看守は、ぼくが耐えられずに1カ月でチームを抜けるほうにビール1杯賭けてるそうです」


 だったら彼らは週明け早々ビールで乾杯できる、とジャンニは心の中で呟いた。


「やる気満々で入ってきたやつがすぐに幻滅して辞めていく、なんてことがよくあるんだよ。捜査といっても、退屈な書類を作ったり傍受した会話を聞いたりしてる時間がほとんどだから。テレビドラマみたいに銃撃戦が起きたりはしない。スリルとは無縁の仕事だ」


 我知らずラプッチと同じことを言いながらステアリングをきって大通りに車を入れた。被害者が所属していた大学はこの先だ。


「かと思うと電話がかかってきて、今から20分で出てこいなんて言われる。夜中でも朝の4時でもクリスマスでもお構いなしだ。家族と過ごす時間は減るし、恋人には愛想を尽かされる。今まで当たり前だったいろんなものを犠牲にしなけりゃならないぞ。ゆったりした規則的な生活なんてモノともおさらばだ。向いてないと思ったら元の部署に戻ることもできる。それでキャリアに傷がついたりはしないから、心配しなくていい」


 これで、実はもうジャンニ・モレッリ警部と一緒に働くのはウンザリだからそうします、なんて言ってくれればしめたものだ。


「いいえ。犯罪捜査は子供の頃からの夢でした。チームに加われて本当に嬉しく思ってるんです。1カ月でやめたりしません。賭けたやつら全員に損させてやります」

「そ、そうだよな。そう言うと思ってたよ」


 ミケランジェロはふと思い出したように運転席に顔を向けた。


「警部、さっき何か言おうとしてましたか?」

「ああ、いや、別に。たいしたことじゃないから」


 *


 フランコ・ディ・カプア教授が所属していた学部は旧市街の静かな通りにあった。建物の前に車が何台も停められている。その中で旧型の黄色いフィアット・チンクエチェントが目立っていた。70年代まで生産されていた小型車だ。コレクターのあいだで高値で取引される骨董品だが、レストアして日常の足として使う人も珍しくない。


 その後ろのスペースに署のシトロエンを滑り込ませながら、ふと不穏な考えが頭をよぎった。


 捜査車両でクラシックカーに傷をつけて多額の損害賠償が発生したら、ラプッチは反抗的な部下を左遷する理由ができて喜ぶかもしれない。なら、今わざとぶつけてやって、そのチャンスを提供してやろうか。


 そもそも、昇進の意欲に欠けるジャンニ・モレッリ警部より、ミケランジェロのような熱心な若手にこそ残らせるべきなのに。

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