第15話 約束された将来②

「ミケランジェロが機動捜査部うちにいるのは今週限りだ。その後は今までいた事務部に戻ってもらう」


 今週限りというと、あと2日だ。


「そりゃまた、どういうわけで? 昨日配属されたばかりじゃないか」

「彼の父親の意向だよ。息子のほうは犯罪捜査に携わっていたいようだが……」


 それだけで何らかの事情を察すると思ったか、ラプッチは言葉を切った。ジャンニはちっとも察しなかった。


「だったら元の部署に戻る必要はないだろう。本人が希望してるんだから、ここでやらせてやればいい」

「上院議員である父親は、彼が警察を辞めて政治の世界に入ることを望んでいる。ゆくゆくは自分の秘書にするつもりらしい。しかし息子には全くその気がない。そこで一時的に、彼を機動捜査部モービレで働かせたいと言ってきたんだよ」

「つまり? どういうことなのか、おれにはいまいち分からないんだけど……」

「考えを変えさせるためだ。犯罪捜査は一般のイメージとは違い、スリルや華やかさとは無縁の仕事だ。理想と現実のギャップを知れば続ける意欲が失せる、そう考えているようでね。われわれとしては遺憾だが、そういうわけで今だけ、ミケランジェロにはチームに入ってもらっているんだ」

「そうかい。本人はそのことを知ってるんだろうな?」

「知らないはずだ。正式な異動だと思っているだろう」

「それじゃ何だ、おれたちは全員、その親父さんのくだらない思いつきに振り回されてるってわけか? そういうことならお断りだ。ミケ坊やには今後もうちで働いてもらう。殺人事件と強盗事件に加えてあんたには代議士のメルセデスの捜索も頼まれてるし、こっちはクソみたいに忙しいんだから」

「人手の心配はしなくていい。来週には追加のメンバーが来るからね。ミケランジェロはそれまでの穴埋め要員だと思えばいいんだ。考えてみろ、彼は若くて経験も浅い。万が一ミスでも犯せば、今後のキャリアに大きな影響を及ぼしかねない。それは理解できるだろうな?」


 ミスを懸念するのは若者の将来のためではなく、自分の責任問題に発展するのを恐れているからだろう。


 ぴかぴかの新人が配属されてくるのは初めてではないが、近年では稀だった。父親のコネだろうとは思っていたが、話はそう単純ではなかったらしい。

 しかし、ジャンニが文句を言えばどうにかなるものでもないだろう。


「ああ、分かるよ、ようくね。だったら勝手にやってくれ。お払い箱ってことは、警視長、あんたの口から伝えるんだな」


 ラプッチは意味もなく万年筆のキャップを開け閉めしはじめた。どうやら、これから口にすることが最も言いにくいらしい。


「それは、直属の上司であるきみが言うべきだと思うんだが。父親が絡んでいることは伏せ、異動は取り消しになったとだけ伝えればいい。ああ、議員からは徹底的にやる気をそいでほしいと言われている。つまり適性に著しく欠けるという評価をしてもらいたいと――」

「適性を判断するのはおれだ。今のところ評価にマイナスになることはしてないし、評定に嘘を書くつもりはない」

「そんなことをしろとは言ってない。人の話は最後まで聞け。微妙な内容を含むからこそ、きみの口から伝えるべきだと思うんだ。どんな言葉を選べばいいかはよく知っているだろう。この仕事に適任だと思うからこそ、こうして頼んでいるんだよ」


 ラプッチ自身は、将来は政治家として活躍するミケランジェロとは良好な関係を保ちたいのだろう。さらに議員にも恩を売れる。ミケランジェロをジャンニの下に入れたのは、嫌われ役を押しつけたかったからにほかならない。


「はいはい、分かりましたよ。憧れの職場で期待に胸を膨らませてる若者に、来週から来なくていいって言えばいいんだな? そつなくやれるかどうかは保証しないぜ。おれは神経が繊細なもんでね、誰かさんと違って」

「私だって不本意なんだ。しかし、彼にとってもこのほうがいいんじゃないかね。父親との関係を改善でき、職務で命を危険にさらすこともなく、より静かでゆったりした生活を送れるんだから」


 *


 確かにそうかもな、とジャンニは思った。


 ミケランジェロは警察にいるより恐らくましな人生を手に入れるし、チームにはもっと経験豊富な捜査員が加わる。誰も損はしない。


 なるべくゆっくりと煙草を吸い、覚悟を決めた。電話で呼び出すと、ミケランジェロはまだオフィスにいた。


「ミケ君、ちょっと外に出てこられるかい? 被害者が所属してた大学に行ってみようと思ってるんだ。昼飯前につきあう時間はあるだろ?」


 気が重いが、別に難しいことでない。以前の部署がきみを必要としていると伝えればいい。軽く抱擁し、今後の活躍に期待している、とかなんとか言いながら。それならさっさと終わらせちまうに限る。


「大丈夫です」

「よし、おれは下の通りにいる。車のキーを持ってきてくれ」

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