第98話 交通規制区域③
「公園にいたのは事実だと思うんだ。供述は現場の状況と一致するし、ラヤンは立ち去る男を見てる。分からないのはそのあとだ」
ジャンニは鍵がついた輪っかを指に引っかけてくるくる回した。
「フィラヴィアを殺したあと、やつは車を家の前に戻そうと考えた。その途中でうっかり
ラウラが口を開く。
「住人に見られるリスクがあるのに、わざわざ戻すでしょうか?」
「そのへんに乗り捨てたら目立つだろ? 公園に放置しておく手もあったかもしれないけど、もう遅い。使われてないように見せかけるのが得策だと思ったんだ。大家の婆さまは目が悪いから見られても平気だよ。問題はマヤだ。フラヴィアからの着信は何時だっけ?」
「19時20分」
「殺される40分前だ。これは推測だけど、彼女はすでに危険を感じてたんじゃないかな。自分に何かあったら警察に行くよう、マヤに頼んだかもしれない。もしくは彼氏が教授殺害の犯人だと疑っていることを話したか。画材屋に寄ったのは聞かれずに電話するためだ」
「すると、会う予定があった友達というのもマヤでしょうか。彼女と約束していた友達は一人も見つかっていない。残るは話を聞けていないマヤだけです」
と、ミケランジェロ。
「そうかもな。あるいは、友達と約束があると言えば安全だと思ったのかもしれない。けど、彼女は結局殺される。クリスティは公園から逃げ、車をもともとあった場所――つまり家の前に戻して立ち去ろうとした。ところが、まずいことにマヤとばったり会っちまう」
「その説はマヤが家にいないと成り立たないんじゃないか。夕方以降の行動は分かっていないはずだけど」
「列車は翌朝だ。スーツケースは鍵をかけて、すぐに出発できる状態だった。昨日は警察署を出たあと家に帰って荷物の準備をしていたと考えていいと思う。
フィラヴィアからはあれきり連絡がなく、マヤは心配になった。ふと窓の外に目をやり、ちょうど彼女の車が停まるのを見る。ところが降りてきたのはクリスティひとりだ。そこで呼び止め、彼女はどこにいるのか聞いた。
クリスティは焦った。車は使われていないように見せかけてキーは川にでも捨てちまい、警察にはずっと家にいたと言うつもりだったから。とっさにフラヴィアは事故に遭った、病院へ案内するとか何とか言い、車に乗せたとしたらどうだろう」
「そこで簡単に乗ったってのは納得できません。彼が教授を殺したかもしれないと知っていたら、警戒するはずでは?」
「じゃあ、フラヴィアははっきりとは伝えなかったのかもしれない。詳しくは帰ったら話すとだけ言ったとか。そこは分からん。とにかく、乗ったと考えるのが一番しっくりくるんだよ。
車はおかしな道筋を辿り、マヤは不安になる。どこへ行くか、クリスティは考えてなかったんじゃないかな。高架橋にさしかかる頃、彼女は同乗したのは間違いだったと気づき、助けを求めようとした。そうだよ、映像に映ったあの車の中にいたんだ。証拠隠滅のためじゃない、とっさの行動だ。あの人でなし、マヤが警察を呼ぼうとしたのを察知して携帯電話をバッグごと奪い、窓から投げ捨てたんだよ」
しかし、マヤは今どこにいるのか。
沈黙が続いた。
死体になっているという考えが浮かんだが、誰も口に出そうとしなかった。
両親は娘が無事に見つかることを祈って待ち続けているはずだ。
ジャンニは地図の一点を指さした。
「ルノーはこの信号機の下を通ったんだよな? 行き先は大きく分けて2つだ。直進して旧市街に戻るか、北へ折れるか。旧市街には戻らなかった。一方通行を逆走すれば検知器に引っかからずに侵入できるけど、あの男は違反行為をやり慣れてないだろうし、ここで警察に目をつけられる愚は犯さない。だから別の方向へ行った。つまり信号を通過したあと左へ折れた。ぐだぐだしてても仕方ない。捜しに行くぞ」
「捜索範囲が広すぎます。監視カメラを精査して行き先を絞り込んだほうが……」
「それじゃ明日になっちまう。車輌情報を流したのに見つからないってことは、そのへんの路上にはないんだ。クリスティはカゼッリネに実家があって、車庫もあると言ってた。そこで父親が例の旧車をいじってたそうだ。車を隠すにはうってつけだよ」
断言したまではよかったが、車に乗り込んだとたん、ジャンニは不安に襲われた。
よくない兆候だった。大間違いをやらかしているサインだ。
行き着く先は袋小路だろう。車は見つからず、マヤも捜し出せないにちがいない。
しかし、ジャンニ・モレッリ警部の錆びついた頭は今のところ他の案を導き出せていなかった。だったらそこへ向かう以外に何ができる?
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