第95話 絶対に何か知っている

 ラプッチは絶句した。大学教授が学生を無断で撮影し、マニアックな画像サイトに投稿していた事実の報告を受けたからだった。


「言葉がない。そのうえセックスとドラッグのパーティに参加し、常連だったと」

「乱交パーティ自体は、未成年者がいたんでなけりゃ違法じゃないよ」

「しかし、大学教員だぞ。高い倫理観が求められる職業に就きながら、その自覚がない人間のなんと多いことか……」

「それについちゃ、おれも褒められたもんじゃないな」


 マヤの所持品が車から投棄されたことをジャンニが説明すると、ラプッチは表情を引き締めた。


「家族が国家治安警察隊カラビニエリに捜索願を出した。あちらは彼女が殺人事件の関係者であることをふまえ、情報の共有を求めてきた。君の考えでは自発的な失踪の可能性は低いんだったな」


「スーツケースを置いていってるんだ。あのお嬢ちゃんは行方をくらますなら身のまわりのものを全部持ってくタイプだと思う。クレジットカードが使われた形跡もない。失踪を装ったとは考えにくい」


「事件に巻き込まれたと断定できるわけだな? 単なる憶測ではなく? たとえば友達と遊びに行っていただけで、向こうの調べで簡単に見つかったら恥をかくのはこちらだからね」


「そうなったら全部おれの責任にしていい。そうだ、あちらさんに協力を仰げるかな? 手分けして旧市街の監視カメラを確認したい。昨日ここを出たあとの足取りがつかめないんだ。手がかりを探そうにも、こっちは手一杯なんで」


 ジャンニは高架橋を通過した白い車を思い出した。

 これまで、クリスティは警察に対して動揺をみせなかった。フラヴィアの携帯に何度も電話し、悲観に暮れる男を演じ、嘘を言い続けた。なのに、車について聞かれたときには内心の狼狽がみえた。

 何か知っている、それは間違いない。考えれば考えるほど、ルノーを運転していたのはあの男だった気がしてくる。

 しかし例によって証拠がなかった。フラヴィアの車のキーを彼が持ち去ったと睨んでいたが、身柄を確保されたときには所持していなかった。


「彼女も死んでいるのだろうか」

「ああ、そう思う」

「しかし……なぜ?」

「単なる憶測ってやつだけど、見ちゃいけないもんを見たんじゃないかな。フラヴィアが殺されたときに居合わせた、とか。クリスティは彼女も生かしておけなくなったとか。けど、本人は無関係だと言い張ってる。いなくなったことも知らなかったとさ」


 ラプッチは急に頭痛を覚えたように額を押さえた。


「最後の消息が警察署ここというのはなんとも皮肉だ。関係者が立て続けに2人も死体で見つかる事態は避けたい。生きていてほしいが……」


 ふと、ジャンニは机の上を見た。科学捜査課の分析結果が置いてある。ジャンニの指示で検査を特急扱いにした事実と、その経費も明記されているはずだった。ラプッチはまだ何も言わないので目を通していないようだが、割増料金に気づいたらグチグチ文句を垂れるだろう。すみやかにこの場を退避したほうがよさそうだ。


「それじゃ。忙しいんだよ、監視カメラの映像を分析してるんで」


 踵を返すと鋭い声が飛んできた。


「待ちたまえ。これは何だね」


 くそ、見つかったか。


「おれが頼んだんだよ。ジョギングシューズは重要な証拠になりえたし、実際そうなっただろ? あんただって……」


 振り返りながら言い、口をつぐんだ。ラプッチが掲げているのは大きめの茶封筒だった。


「さっき、警邏隊員が君に渡すように言って置いていったが……」


 受け取ると、中には車両登録証と保険証券が入っていた。ぴんときた。パトロールカーの乗員が、クリスティの車のダッシュボードから押収した物品を届けてよこしたのだ。

 封筒の底に鍵束があった。丸い輪っかにつながった数個の鍵と車のキー。リモコン型の黒いキーだ。ルノーのロゴマーク。


「いやはや、警視長閣下。あんたは幸運のエンジェルみたいなお人だね」


 困惑顔のラプッチを残し、ジャンニは上機嫌で執務室を出た。茶封筒を脇に抱え、ルノーのキーを片手にぶらぶらさせながら。




【脚注】

国家治安警察隊カラビニエリ:国家警察と並ぶイタリアの警察組織のひとつ。憲兵隊、軍警察とも訳される。

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