第91話 今だから言えること①

「教授は証明書の偽造業者と繋がりがあった。その業者ってのが、なんと男子高校生でね。ネットで注文を受けて、いろんな証明書を偽造していたらしい」


 ジャンニは段ボール箱を机にのせた。大きさの異なる数十枚の用紙が突っ込んである。


「で、ここが子供らしいところなんだけど、高校生は端末の中のデータは消去したのに、印刷に失敗したはママに見つからないようクローゼットに隠してた。あとで処分するつもりだったんだろうな。これがそれだ」


 クリスティはジャンニの向かい側に座らされていた。パトロールカーに押し込まれてから一言も喋っていない。


「中からひとつ面白いもんが出てきたんで、見てもらえるかい?」


 折り目がついた大判の紙は、ドイツの大学の紋章が入った学位授与証明書だ。


「ここにイヴァン・クリスティって名前が印字されてる。もしかしてあんたのことじゃないか?」

「違います。警部、僕は混乱していました。事件に関わりのあることは何も知りません。もう帰らせていただけないでしょうか」

「構わないよ、ここの留置場にだけど。あんたは今の大学に採用されるにあたって大学院の修了証を提出してるんだが、興味深いことに、それはこいつと瓜二つだ」

「何のことか分かりません。不正の疑いがあるなら大学に問い合わせて下さい」

「実は、もう問い合わせたんだ」


 ジャンニは少し申し訳なさそうに言った。


「ただし、こっちのじゃなくてドイツの大学に。イヴァン・クリスティなる学生は博士課程に在籍していたが、事情で中退したそうだ。となると、あんたが提出した修了証はどこから湧いて出たんだろう?」


 雑に折られた用紙に視線が注がれた。ジャンニは背もたれに寄りかかった。


「ディ・カプア教授はあんたの経歴に疑いを抱いたんじゃないかな。このに片足どころか両足突っ込んでたからな。学歴詐称は犯罪だ。あんたはせっかく得た職を失いたくなかった」


 どう言い逃れを試みようと、悪あがきにしかならない。科学捜査課を急き立てて指紋を照合させたところ、トロフィーについていた指紋と一致したという報告がきた。

 しかしジャンニの気分は晴れなかった。クリスティの言ったことが頭の中でまわっている。


 ――どうしてみんなが僕の邪魔をする? あんたもフラヴィアも……マヤもだ。


「水をもらえませんか?」


 ミケランジェロが自販機の水を買いに行った。


「前も言ったように、彼には世話になったと感じていたんです。かねを要求されるまでは」


 金? 何の金だ? 訳知り顔でうなずきつつ、ジャンニは頭の中の情報をおさらいした。


「いくら?」

「5万ユーロ」

「そうか、教授が配管工の恐喝に応じようとしていた理由が分かったよ。あんたを強請ゆすってその金をあてようとしたんだ」

「ドイツから戻ったあと、職を見つけられずに1年たちました。皿洗いや工場のバイトはしたくなかった。あんなに勉強したのに」

「皿洗いや工場のバイトを貶すもんじゃないぞ」

「そんなときに海外の記事が目に留まったんです。大学院を出たと偽って就職し、露見した事件でした。そこから思いつきました。どうせ通用しないだろうけど、ものは試しだと思って」

「で、インターネット上の業者を探した。それがあの高校生だったわけだ。依頼したのはこの紙切れだけじゃないだろ」

「詳しくは言いませんが、審査に必要なものはすべて揃えました。どうしてばれたのか、ニュースを見て分かりました。教授はその手の事情に詳しかったそうですね」

「大学ってとこはろくな人間がいないね」


 そのあてこすりは無視された。


「しばらく前、ディ・カプアに言われたんです。僕が学歴を偽っているのを知っていると。大学に報告しなければならないが、さっきの金額を渡せば黙っていてやるとも。冗談だと思った。そんな金をどうやって工面しろっていうのか」

「あの車を売ることは考えなかったのかい?」

「ポンコツを5万ユーロで? 誰も買いませんよ。それからは顔を合わせるたびに怯えていました」

「詳しいことは検察官が来たときでいいから、パパッと核心に触れてくれるとありがたい」

「数週間が過ぎました。あれきり何も要求してこないので、やはり冗談だったんだろうと思いはじめていました。チャットにメッセージが来たのは、そんなときです」

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