第82話 ときには勘もあたらないもの

 デスクの上の書類を紙飛行機にして飛ばしていると、麻薬捜査課のアンナがやってきた。


「ジャンニ、よかった、まだいてくれて。マッシモ・ボスコの弁護士が来る予定なの。ローマから呼び寄せたみたい。同席を頼めないかと思って」


 紙飛行機が廊下をまっすぐに飛んで行き、床に落ちた。重要な書類で折るとよく飛ぶ。


「ラプッチのお友達の代議士先生か。愛車にコカインを積んでいたのは認めたかい?」

「弁護士を通してしか話さないと言ってるの」

「いいよ、こっちはどうせ糞詰まりだし」


 監視カメラの映像を引き伸ばした写真も、いっそのこと折って窓から飛ばしたくなった。バスのドアに映った人影は拡大すると不鮮明になり、形の判別はつかない。


「こんなのが根拠になると思ったなんて、我ながら間抜けだな。男か女かもわからない。宇宙人か、イエティもしれないのに」

「建物の住人じゃないのは確かなの?」

「ベリンは仕事だったし、上の一家は旅行中だ。大家も郵便配達員もこの日は来てない。いたのは被害者だけ。ドアを開けて犯人を迎え入れたのも被害者だ」

「フラヴィアっていう子は何かを知っていたのかしら」

「犯人を庇おうとしてたんじゃないかと思ったんだ。家族は遠くに住んでるし、そんなことをしなけりゃならない相手は恋人のクリスティ以外に考えられない。だけどあの男は動機もなけりゃ、物証もない。はったりを利かせてみたけど、スカだった」

「ときには勘もあたらないものよ」

「おれの場合、あたるのも珍しいけどね」


 ミケランジェロが立ち上がってジャンニの注意を引こうとしていた。ゴミ袋が遺棄された時間帯に付近を走行した車を洗い出すために、映像をチェックしているところだった。


「同じ場所をまわっているように見える車があるんです」

「どれどれ」


 画面右からやってきた1台の車が廃墟の前を通り、右折して姿を消した。数分後、同じ車がヘッドライトを光らせて右側から現れた。建物の裏側を回り込んできたものと思われた。車は再びカメラの前を通る。旧型のフィアット・チンクエチェントのように見え、色は黄色。


「最近はこういうのを乗りまわすやつが多いんだな」


 チンクエチェントは廃墟の周囲を3周し、最後に角を曲がったあとはもう現れなかった。時刻は深夜1時5分。この車が、近辺を徘徊しながらゴミ袋を遺棄するタイミングをうかがっていたのだとしたら……


「他に監視カメラは?」

「ないんです。公共のは大通りにあるこの1台だけで」


 ジャンニは周辺を思い浮かべた。閑散とした場所だが、中華料理レストランが店を構えていたはずだった。


「裏に中華料理屋があるんだよ。店先に防犯カメラを設置してるかどうか、電話して聞いてみろ」


 マッシモ・ボスコの弁護士は夕方遅くに来るとのことだった。


「ここにいても仕方ないな。クリスティのアリバイの裏をとりに大学に行ってくる。それでこの件は終わりだ」


 中華料理店への問い合わせを終えたミケランジェロも立ち上がった。


「防犯カメラ、あるそうです。古い型のビデオらしいんで回収してきます」

「気をきかせてテイクアウトで何か買ってきてもいいぞ。おれは胡麻団子な」

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