第81話 オレンジ色のシンボル

「その線でも捜査は進めてる。詳しくは話せないけど」


 クリスティは指紋採取用の機器がある場所へ案内されていった。入れ替わるようにしてラウラ・フェデレ警部がやってきた。盗撮の疑いがある写真の出所を突き止めようとしているところだ。


「問題の画像は『HOTPICS』という海外のサイトに最初に投稿されたようです。会員30万人、ヨーロッパでは最大の猥褻画像共有サイトで、そこの盗撮カテゴリに去年の12月6日に公開されてます」

「日時が分かるのか、すごいな。誰が撮ったかも調べられるのかい?」

「今の段階で、そこまで追跡するのは難しいかもしれません。アップロードから時間が経ちすぎているし、サイト自体は管理者が特定されて閉鎖されています。権利侵害を明らかにした上で裁判所の許可を得る必要があるかと」

「そうか」


 ジャンニの足に、床に置いてあるダンボール箱がぶつかった。身分証明書偽造で摘発された高校生の自宅から押収されたものだ。大きさの異なる数十枚の用紙やノートパソコンが無造作に突っ込まれている。

 それを見て、パスポートや身分証明書偽造の事例を調査するようラプッチに命じられていたこと思い出した。


「うちのボスは部下をうんざりさせることしか思いつけないらしくてね。脱獄犯が他人になりすましてることを考えて、過去の身分詐称の事例についての資料にまとめておけと言われたよ」

「じゃあ、データベースから5年分くらいの摘発事例を抽出しておきましょうか?」


 ノートパソコンの画面には、マヤが隠し撮りされたという画像が表示されていた。


「これ、撮影場所は〈マンゴー・ラウンジ〉じゃないかな」

「〈マンゴー・ラウンジ〉?」

「ぼやけてるけど、背景に店のロゴマークが写って売るんです。ほら、ここ」


 画像の一箇所が拡大された。壁に光るネオンサインだった。ラグビーボールのような形をしたオレンジ色のシンボルは、店名のとおり南国の果実を思わせる。


「この店、以前いた部署で捜査対象に挙がったことがあるんです」

「てことは、なんかの違法行為をやってる店かい? マヤは単にナイトクラブで撮られたとしか言ってなかったけど」

「表向きは。裏では金持ちの実業家がコカインを持ち込んでパーティをやっていて、女の子が危ない目に遭ったという報告があります。そのときは摘発できなかったけど、あいかわらずのようですね、ここ」


 地図を見ると、北西部の郊外にある店だ。指紋の採取を終えたクリスティが戻ってきた。表情は落ち着いていたが、まだ不機嫌な顔だった。


「フラヴィアの車はどこにある?」

「自宅や近辺にないなら、分かりません。疑いをかけられなくて残念ですか? なんならぼくの家の前を調べてもいいですよ。ありませんから」


 パトロール部隊にルノーの車輌情報を流して捜索を依頼してあるが、まだどこからも発見の知らせはない。


「彼女の母親はまだこっちにいるんだろ?」

「はい。旧市街のホテルをとりました」

「どのホテルか教えてほしい。今分かってることを説明できるかもしれない。うちの刑事部長からもう聞かされたかもしれないけど」

「ええ、もちろんですが……」


 クリスティは腕時計を確認した。


「よければ、あとでご案内しましょうか?」

「そうしてもらえると助かる」


 彼は立ち去ろうとしなかった。何か言おうとして躊躇ためらっているように見えた。


「彼女、謝りたいと昨日言ってました」

「何のことだ?」

「フラヴィアです。家で、あなたに食ってかかって酷い言葉を投げつけたって。申し訳なく思ってるって。そう言ってました」


 ジャンニは肩をすくめた。

「そうか。こっちも捜査に進展がなくて申し訳ないね」

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