第80話 何が起こったかは見えてきた

 イヴァン・クリスティがジャンニの向かいに腰を降ろした。


「犯人をつかまえてくれたんですか?」


 学会に出ていたところを呼び出され、同行を求められたのだが、不安や焦りの色は見えなかった。前科はない。経歴では2年前にドイツで博士号をとり、帰国後に非常勤講師として採用されている。


「いや。でも何が起こったかは見えてきた。確認したいことがあるんで、つきあってもらえないかと思って。時間はとらせない」

「もちろんです。ぼくに分かることなら」

「火曜日にどこで何をしていたか聞かせてもらえるかな?」

「どうしてですか? それが事件と関係あるんですか?」

「今はすべての情報を集めてるところでね。協力してもらえるとありがたい」

「朝から大学にいました。午後は美術学校の作品展と、例の研究発表会です。もうご存じだと思ってましたが」

「夜は?」

「フラヴィアたちと3人で美術館に行き、旧市街で食事して23時頃に自宅に戻りました」


 クリスティが大学教授を殺害した犯人なら、深夜1時頃にゴミ袋を捨てたのも彼だったはずである。


「そのあと外出したんじゃないか?」

「いえ。疲れてたし、すぐに寝ました」

「妙だな。となると、こっちの調べと食い違うんだが……」


 話の内容を端末に打ち込んでいたミケランジェロは眉をひそめた。クリスティの当日の行動を裏付ける証拠はまだ何も見つかっていないはずである。この警部は今度は何を企んでいるのか?

 

 ジャンニは茶封筒から写真を2枚出した。草地に置かれた青いゴミ袋と、中身を出してテーブルに並べたものが写っている。クリスティがそれを見て顔色を変えると思っていたなら、期待外れに終わったと言ってよかった。


「なんですか、これ?」

「火曜の深夜1時頃、ピアッジェの廃墟に自分で捨てたんだから分かるだろう」

「今言ったようにその事件は家にいたし、そんな場所へは行っていません」

「ところが、あんたがゴミ袋を敷地に投げ込むところをばっちり見たやつがいるんだよ。そうだったな、ミケ君?」

「えっ、いや……まあ」


 ミケランジェロはどうにも解釈できる呟きで返事に代えた。ロッシは捨てた人物の顔を見たとは言っていはない。何か違法な取り調べするつもりなら巻き込まないでほしかった。

 クリスティは困惑の表情を浮かべている。


「ぼくはゴミの不法投棄の容疑者なんですか? ……まてよ、火曜は教授が殺された日ですよね。ぼくに疑いがかかっているんでしょうか」

「そうだ。まさにあんたがやったんだよ」

「馬鹿馬鹿しい。クラウディアのことで疑われてるとは思ってましたが……。なぜ彼を殺す必要があるんです。ディ・カプアは恩人です。大学の職に応募して落ち続け、焦っていたときに推薦状を書いてくれたんです。ニコラスと話したなら分かるでしょう、この世界でやっていくのは簡単じゃない。やっと就職先が決まったのに、馬鹿な真似をして人生を台無しにするわけがない」

「そうだな。彼女も同じことを思ったんじゃないかな」


 ジャンニはもう1枚の写真を最初の2枚の上に重ねた。防犯カメラの映像を引き伸ばしたものだった。クリスティはしぶしぶ目を向け、バスの窓際に座る人物に気づいた。


「これは……フラヴィアだ。彼女がどうしてここに?」

「フラヴィアはあんたのしたことを知っていた。悩んだ末にあんたを公園に誘い、こんなことを言ったんじゃないかな――もうこんなのは耐えられないの。お願い、自首して」

「そんなことを言われても困ります。どうすれば信じてもらえるのか分かりませんが、誰も殺してない。火曜日のアリバイが必要なら、コスタ教授に聞いてもらえれば分かります」

「差し支えなけりゃ指紋を採らせてもらいたいんだけど」


 トロフィーに付着していた指紋とは週明けに照合できる。青年はうなずいて承諾の意を示した。


「フラヴィアのお母さんがきたとき、あなたはいなかったそうですね」

「残念ながら、不在にしてたもんで」

「母親が一人娘の死を知らされたんですよ。当然同席してくれると思っていたのに。こんなことを言いたくはありませんが、あなたは捜査に真剣に取り組んでいるように見えません。フラヴィアが盗撮の件を言ったときも相手にしなかったじゃないですか」

「変な写真じゃなかった、とあんたも言わなかったかい?」

「それはそれです。犯人が変質者である可能性はないんですか?」


 自分で殺しておいてよく言うよ、とジャンニは声に出さずに言った。

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