第79話 冴えているのか鈍いのか②
携帯の着信音が鳴った。ジャンニは応答し、話を聞きながらにんまりした。
「例の部分指紋が一致する人物がいる? 待て、おれが言ってやる。フラヴィア・リッチだろ」
かけてきた相手は、出鼻をくじかれてがっかりしたようだった。ジャンニはしたり顔で電話を切り、ミケランジェロに話の内容を説明した。
「科学捜査課の主任からだった。部屋の呼び鈴についてた指紋を覚えてるかい? それが高い確率でフラヴィアと一致するとさ」
「彼女が教授の部屋を訪ねていたんですか? どういうことなのか、ぼくにはさっぱり……」
「郵便配達員だよ。ベリンが言うには、女の声だった。フラヴィアだったんだよ」
「ぼくは教授の家に行ったのはマヤだと思っていたんです。回数券には2回の乗車記録があった。だからバーにいたというのは嘘だと……」
「そもそもバスの回数券を調べる話になったのはどうしてだ? フラヴィアが言い出したからだ」
――そんなに時間が知りたいなら私のバスの回数券を調べてみれば? すぐそこのバス停から乗ったから、家を出た時間がだいたい分かると思うけど。
「妙に思ってたんだよ、なんで急にあんなことを言ったのか。昨日、フラヴィアは途中で部屋に入っただろ? クマのプレートのついたドアだった。だからてっきりあれが自室だと思ってたんだが、家主の婆さまによればそうじゃない」
――そこはマヤのお部屋です。フラヴィアのは隣ですよ。
把手に手をかけたジャンニに老婦人はそう言い、隣のドアを示したのだ。
「マヤは不在だった。フラヴィアは自分の回数券を彼女のものとすり替えたんだ。二人は同じタイプの磁気回数券を使ってる。調べろと言い出したのはその後だ」
「どうしてそんなことを?」
「教授の家に行ったのを知られたくなかったんじゃないかな。回数券を調べたら殺人現場に行く方面のバスに乗ったのがわかっちまう。自分から言い出せば、怪しまれないと思ったんだろう」
「マヤに疑いが向くかもしれないのに?」
「家に警察が来たから焦ったんだよ。自分は無関係と思わせたかったんだ。マヤがその後、すり替えられた回数券を持って警察に行ったと知ったら青くなっただろうな」
ジャンニは上着のポケットから証拠品保管用の袋を出した。フラヴィア・リッチの部屋のゴミ箱で発見した回数券が入っている。
「マヤのはきっとこれだ。検査に出せば彼女の指紋が出るよ。問題は、なぜそんなことをしたかだ」
廃墟に遺棄された衣類は黒のズボンとクリーム色のジャケット。ドアに映った人物は同じものを着ているように見えなくはないが、映像は不鮮明だった。
「午後4時半。犯人は立ち去ったあとだ。インターホンに応答がないので、彼女は他の部屋を呼び出し、郵便配達と偽って建物に入った。しかし呼び鈴を押してもノックしても返事がない。当然だ、部屋の主は死んでたからな。フラヴィアは仕方なく立ち去る。そして後日、現場へ行っていないと思わせるために回数券を同居人のとすり替える。犯人でもないのにどうしてそんなことをした?」
ジャンニがその場を歩き回り、ミケランジェロがそれを目で追った。この警部が冴えているのか鈍いのか、なんとも判断がつかないのだった。
「関係ないことに巻き込まれたくなかったからでしょうか?」
「いいや、こいつを
バスのドアに映った人影を指さす。
「そこまでしなけりゃならない相手は、彼氏のクリスティだよ。他にいない」
「被害者は彼の大学の同僚です。家の前にいたとしてもおかしくないですよ」
「クリスティはニコラスが指導教官に不満を抱いてたと言った。それは奴も同じだよ。被害者と接する頻度はニコラスより多かったはずだ。フラヴィアは彼氏がストレスを抱えてるのを知ってて、心配になったってのはどうだ? 何も起きていないのを確かめるために見に行ったのだとしたら?」
「ストレスだけでは殺人の動機としては弱いような……」
「だけど、そう考えればぜんぶ納得がいく。あいつがホシだ、間違いない。フラヴィアは事件を知り、自首を勧めた。クリスティは逆上して彼女を殺害した。そのあとハンドバッグを探り、乗ってきた車のキーを奪った。ラヤンが見たのはその瞬間だ」
ジャンニが見当違いの方向に突っ込んでいくのは、ミケランジェロはこれまでにも見ている。
「でも、ラヤンはおっさんを見たと言ったんですよね」
「あの年齢の坊やにとっては、大抵の男はおっさんだよ」
ジャンニは壁の時計を見た。もう午後をまわっている。
「お前さんは帰っていいぞ。倒れられたら困るから」
「いいえ、まだ頑張れます。元の部署に戻るまでは全力で捜査に参加したいんです」
おや? とジャンニは思った。そういえば確かに、ミケランジェロの顔からはいつもの憂鬱そうな表情が消えている。どこか吹っ切れたような、それでいて晴れ晴れとした……
幻のポルノ動画を見つけたという憶測がにわかに真実味を帯びてきた。
「ソフィア・ローレンか? それともカトリーヌ・ドヌーヴ?」
「はあ?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます