第75話 おれは機嫌が悪いんだ①
発見された繊維が一致した事実を受け、科学捜査課がミルコ・ロッシの家を捜索していた。
ジャンニは老朽化した建物の階段を上がった。ヴォルペがほくほく顔で通路に出てきて、透明なポリエチレンの袋を見せびらかすように掲げた。
「ジャジャーン」
中身は一足の白いジョギングシューズだった。殺人現場に足跡を残したのと同じ型だ。
「クローゼットから出てきたよ」
「百ユーロ以上する品だろ? ミルコのやつは靴なんかに金をかけられなさそうだけどな。稼いだ金はぜんぶ弟と女房のクスリ代になって、困って詐欺をはたらこうとしたんだから」
「底の形状は一致してるし、足跡と同じ場所に異物が挟まってる。こいつでまちがいないよ」
片方の裏側の溝に小石が食い込んでいた。
「だったら被害者の血液もべったりついたはずだ。検査結果はすぐに出るかい?」
「すぐってわけにはいかない。もうラボが閉まるし、他にも案件を抱えてる。特急扱いにするとあんたのボスがいい顔をしないんだよ、経費がかさむんで」
「王子様はシンデレラ捜しで忙しいから大丈夫だと思う。今なら明細書にゼロが2つや3つ増えても気づかないよ。超特急でやってくれ」
ラプッチは例の指名手配犯の件で忙殺されている。ジャンニにとってはもっけの幸いだった。しばらくのあいだは口うるさく干渉してこないだろう。
「あんたにつきあってると休む暇がないよ」
と、科学捜査課主任はぶつぶつ言いながら室内に戻った。ジャンニは捜索が行われた家の中を見まわした。証拠を手に入れたはずなのに、なぜか胸がすっきりしなかった。
*
ジョギングシューズの左足の裏から血液反応が出た。結局のところ、今日はそれほど酷い一日ではなかったらしい。
連れてこられたミルコ・ロッシは相変わらずだらしない格好だった。
「なんだよ、人が休みの日に有無を言わさずパトカーに押し込んで、何時間も待たせやがって。ケツが痛くなっちまった」
ジャンニは分析結果の紙を眺め、首を横に振った。
「おれもやきがまわったな。あんたの弟思いなところにほだされて、重要なことを見逃すなんて」
「重要なことって?」
「目の前にいる阿呆がただの阿呆じゃなく、人でなしの阿呆だってこと」
「何だよ、おれはもう盗みはしないぞ。知ってることはこのあいだ全部話した」
「じゃ、これについても話してもらえるかい?」
ポリエチレン袋に入ったジョギングシューズに不安げな目がそそがれた。
「警察がなんで靴なんかに興味あんだよ」
ジャンニは分析結果をデスクに置いて指で前に押しやった。
「そりゃ、あんたがフランコ先生の頭をがつんとやった日の靴だからだよ。血液反応が出た。あんたが殺したんだ」
ミルコは用紙を見もせずにつかんで放ってよこした。
「あのさ、なら『失礼ですが、この靴はどなたのですか?』って最初に聞いてくれよ。ゲシュタポみたいに家中ひっくり返しやがって、前科者が相手なら何をやってもいいと思ってんのか?」
「じゃ、誰の靴だ。弟のか?」
「いや」
「誰のだ?」
「知らねえ」
「あんた、さっきなんて言った? もう盗みはしないんだろ? てことは、あんたのだろうが」
「拾ったんだ」
「どこで?」
「うちの隣の廃墟で」
「いつ?」
「火曜日の夜だったかな」
「ふざけるのもたいがいにしろ。おれは機嫌が悪いんだ」
あの大学生がいなくなった事実をもっとを深刻に受け止めるべきだった。
昨日から家に帰っていないと判明した時点で対策をとっていれば、今の状況は違っていたかもしれない。気を揉まずにすんでいたかもしれない。
身のまわりの物が河原に投げ捨てられているとき、持ち主がどんな状況にあったかはあまり想像したくなかった。
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