第73話 そのうちに姿を現すよ
ジャンニのトヨタはアスファルトが剥がれた凸凹の小道を進んだ。のどかな川沿いで、両脇に草が生い茂っている。高架下の駐車場に車を乗り入れると、ラウラが手を振った。
「こっちです」
見つけたのは公園にいた警官だった。遺留品を捜索中、小川へ続く土手に携帯電話が落ちているのを発見したらしい。続けて二つ折りの財布、紐のついた革製のポーチ、キャラクターのキーホルダーも見つかった。
財布の中には氏名と顔写真つきの学生証。
「この女の子、殺された子の友達ですよね」
「ああ、同じ大家の家に住んでる。今朝から姿を消しちまってるらしくてね」
フラヴィアの死体が発見された地点から、小川を挟んだ直線距離で200メートルほど。対岸では数名の警官がまだ草むらをつついている。ジャンニは土手を降りた。ローマ時代から砦の役目を果たしてきた支流がアルノ川に注ぐ一帯だった。地面は起伏が多く、乾いた泥と草に覆われている。
「遺失物の届けは出されていません。この場所で落としたとも考えられますが――」
後ろをついてきたラウラが頭上を指さした。赤い高架橋が川を横断し、地面に濃い影を落としている。上は片側二車線の道路だ。
「あそこからだった可能性もありますよね。広範囲にわたって散乱していたし、走行中の車から落ちたのかも」
「公園にいる連中に、こっち側の岸と上の道路を調べるよう頼んでもらえるか? 他にも何か見つかるかもしれない」
殺人現場のすぐ近くに所持品が散らばっていたことの説明を求めようにも、マヤ・フリゾーニとは連絡がつかない状況だ。
川面を見つめ、誰にともなく問いかけた。
どこへ行っちまったんだ、あのお嬢ちゃんは? まさか水に沈んでるなんてことはないだろうな?
川は足元の泥と同じ色の水をたたえ、日光を反射してきらめいている。
土手を登ると、ミケランジェロが急ぎ足でやってきてスマートフォンの画面を見せた。
「警部、隠し撮りされたという例の画像を入手しました」
全体が薄暗い1枚の写真。3人ほどの女性が飲み物を片手に集まり、それを少し離れた場所から撮ったらしい。
「これがマヤだな」
中央の人物をジャンニは指さした。黒っぽいミニスカート姿で、背中を向けている。卑猥な要素はなく、立ち話している女の子が偶然写り込んだともとれるが、スカートとその下の脚に撮影者の強い興味が集中していることを窺わせ、そこはかとない陰湿さが漂っている。
次の画像でマヤは肩越しに振り返り、しかし目はカメラを見ていない。
「学生が、グループチャットでまわってきたこの画像をもってたんです。もとは匿名で投稿されたものらしく、マヤ本人は誰に撮られたか分からなくて気味悪がってたみたいです」
ジャンニはラウラを呼び寄せて画像を見せた。
「これを誰が撮ってどこにアップしたか、なんてことは調べられるかい?」
「前の部署に画像の分析が専門の同僚がいるんです。連絡してみます」
「そうしてくれ。誰によってインターネット上に投稿されたかを突き止めるんだ。もっと早くこの盗撮野郎にとっかかるべきだったんだよ」
ミケランジェロは顔を曇らせていた。
「マヤは事件に巻き込まれたんでしょうか?」
「そうでなけりゃいいけど。彼女の母親に連絡があったかどうか聞いてみてくれ。居場所を知ってるかもしれない」
「すみませんでした」
「何が?」
「思い込みで捜査を誤った方向に向かわせるかもしれなかった。自分はこだわりすぎていた気がします。彼女が嘘をついてると……その、殺人に関与したのだと思って……」
「心配するな、そのうちにふらっと姿を現すよ」
口調からはそう思っていないことが窺えたが、モレッリ警部はそれ以上は言わずに車へ戻って行った。
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