第72話 次から次へと

 ジャンニの携帯電話が鳴った。


「きっと大家の婆さまだ。マヤが戻ったら知らせるよう頼んでおいたんだよ」


 電話は大学教授の事件の担当検察官からだった。配管工のマリオは事情聴取に応じ、フランコ・ディ・カプアを脅迫していた事実を認めたとのことだった。


「あー……被害者はぁ、あれだよ、違法でぇ、身分証を売りさばいてたからぁ。金を脅し取れるとぉ、思ったらしいねぇ。5万ユーロをぉ、要求する電話をね、複数回にわたってぇ、かけていたぁぁぁ」


 間延びした、いつもの喋り方で検察官は述べた。ジャンニは物真似したい衝動と闘った。


「そうだろうと思った。教授が犯罪に加担してた事実をぉ、ヴェロニカに聞いて知ってたから、警察にたれ込まれたくなければ金を払えと脅したんだろうなぁ。でも教授は相手にしなかった。だろ?」


 その憶測は外れた。最後の通話で、ディ・カプアは要求に応じる意志をほのめかしたとのことだった。殺害のニュースは、金の受け渡し方法を指示しようとしていた矢先だった。

 教授が5万ユーロをどうやって工面するつもりだったは、配管工も知らなかった。


 検察官との通話を終わらせたとたん、デスクの内線が鳴った。やれやれ、土曜日なのに忙しいと思いながら受話器をとると、通信指令係の女性だった。フラヴィアの下宿先に向かったパトロール隊員から連絡があったらしい。


「当該車両は自宅の前にはないみたいです。付近も確認しましたが、見つかりません」

「じゃ、死体が発見された公園の近くを捜してみてくれ……あ、そうだ。パトカーはまだそこにいるかい? マヤっていう子が戻ってきたかどうか大家の婆さまに聞いてもらいたいんだ。連絡がほしいと言っておいたんだけど、忘れちまってるんだと思う」


 マヤはまだ帰っていないとのことだった。ジャンニは礼を言って受話器を置いた。


「調べたところ、彼女は今朝の特急を予約してました。でも、乗らなかった。キャンセルもされてません。病院に担ぎ込まれてもいないようです」

「あのお嬢ちゃんはどこに行っちまったんだぁぁぁ? ……おっ、向こうから白熊のおじさんがくるぞ。息を切らしてどうしたんだろう?」

 

 科学捜査課のヴォルペが廊下をやってくるところだった。資料がぱんぱんに詰まったフォルダーを抱えている。


「ジャンニ、例の黒い繊維と一致するサンプルが見つかったぞ」

「ニコラスのアパートでかい?」

「いや、ピアッジェに住む関係者Aの靴だ」


 ピアッジェは北西の地域で、そこにはマンションの廃墟とミルコ・ロッシの家がある。


「そりゃミルコじゃないか? ロケットおっぱいのかみさんをヤク中の弟と共有してる、詐欺師になりそこないの引ったくり犯。教授と繋がりをもってた男だよ。銀行から金を騙し取る目的で偽の身分証を手に入れようとしてたんだ」

「その人物の靴の検査を依頼されていただろう。殺人現場に残った足跡とは一致しなかったが、付着していた繊維をサンプルとして保管してあったんだ。トロフィーについていた繊維と比較したら、同じものだった」

「つまり? おれは頭の回転が遅いからさっぱり分からないんだけど、あのトロフィーはニコラスのリュックに入れられるまでミルコの家にあったってことか?」


 また携帯電話の着信音が鳴り響いた。


「ケータイってもんを考え出したやつに会ってみたいと常々思ってるんだ。後ろから蹴りを入れて川に突き落としてやるために」


 発信者はラウラ・フェデレ警部だった。


「警部、マヤ・フリゾーニというのは大学教授の死体を発見した学生ですよね」


 嫌な予感に心臓をつかまれた。


「ああ、そうだけど」

「今、公園の反対岸に来ているんですが、その名前の学生証が河原に落ちていました。財布や携帯電話といっしょに散らばっています」

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