第70話 ギャングと疫病神

 ユセフは額に浮いた汗を拭いていた。


「甥たちは悪いやつじゃねえんだ。おれに免じて許してやってほしい。ケイシーには相応の詫びを入れさせてもらう」


 その胸ポケットで携帯電話が鳴った。先程の新聞記者がかけなおしてきたようだった。モロッコ人は応答して怒鳴った。


「何だ? 警察の不祥事のネタ? 誰がそんなことを言った。かけまちがいだ、馬鹿野郎」


 ジャンニはにんまりした。ユセフの甥たちは強盗を働いたが、皮肉にもそれが窮地を救ってくれたのだ。


「そりゃ天使みたいにいい子たちだよ、あんたの甥だもの。さっきの話だけど、おれたちは大学教授が殺された件の捜査をしてるんだ。被害者は偽造ビジネスに手を染めていた疑いがある。何か知ってたら話してもらえないかな。あんたも一枚噛んでたなら聞くよ」

「おれはああいうな商売には手を出さないんだ。あの大学教授はやっていた。それで小銭を稼いでた」

「客は?」

「客なんてどこにでもいる。偽造しやすい紙のIDカードがいまだに有効な国なんて、ヨーロッパじゃここぐらいだからな。指名手配犯やテロリストが国境を越えて買いにくるんだよ。けど大学教授の客はそういう連中じゃなく、ほとんどが留学生や不法移民だった。あるいはオスカーみたいなクズが見つけるチンピラだ。で、業者に偽造させるんだ」

「教授と繋がりがあった業者を知ってるかい?」

「その前に、甥どもを悪いようにはしないと約束してもらおうか」

「あのな、おれの裁量でどうこうなるもんじゃないんだよ。坊やたちは裁判所に出頭してもらうことになる。それなりの罪に問われるだろうけど、刑務所行きかどうかは分からない。残りの強盗犯の逮捕に協力する気があれば、酌量減軽の対象になるんじゃないかな」

「今日は朝からロクでもねえ日になる予感がしてた。そしたら、あんたがやってきた」


 ユセフは中身がぱんぱんに詰まったフォルダーから何かを抜き出した。

「これをやるからさっさと消えてくれ」


 小さな新聞記事の切り抜きだった。ざっと目を通し、ジャンニはポケットにしまった。


「よく疫病神だと言われるよ。もうひとつ、オスカーにどんだけ貸し付けた?」

「3千ユーロ」

「利息は?」

「100パーセント」

「なんとねえ。法外な利息をふっかけられて、さらにキングコングに殺してやると脅されてたのか。そりゃ自暴自棄にもなるよ」

「警部、おれという人間を誤解しないでもらいたい。手下に荒っぽい真似は許してねえ」

「あんたという人間なら、違法な金貸しの罪悪感からオスカーの借金を帳消ししたくなるんじゃないか?」

「馬鹿言え、借りた金は返すのが道理だろうが」

「いま取り立ててるのはどうせ利息だろ? あんたのことだから、貸した分はとっくに回収してるはずだ」

「な? やっぱりろくでもねえ一日だ」


 ユセフは杖につかまって難儀そうに腰を降ろした。


「好奇心から聞くけど、ほんとにその杖で犬を殴り殺したのかい?」

「でたらめだ。クッキーちゃんは病気で死んだんだ」


 胸ポケットから再びスマートフォンを出し、ユセフは愛くるしい小型犬の画像をジャンニに見せはじめた。

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