第54話 ローマから素敵な夜を
その時点ではまだ、フラヴィアが困った事態に陥って警察に行ったと思っていたらしい。死体で発見されたと聞くと、クリスティはうろたえた。
「何かの間違いです。彼女じゃありません。昼までいっしょにいたんだから」
「イヴァン、残念だけど、彼女なんだ」
「会わせてください」
「遺体は安置所に運ばれた。家族の居所を知ってるかい? 連絡をとらないといけないんだ」
「母親がナポリにいます。この時間は工場で働いていると思います。何が起きたんですか?」
「詳しいことは教えられないけど、殺害されたと考えられる」
ジャンニはクリスティが反応を示すのを待った。フラヴィアの首に紐を巻き付け、息絶えるまで締め上げたのが彼ではなかったことを示す証拠はまだない。
「誰がやったか、分かってるんですか?」
「まだだ。情報を集めてる段階なもんで」
青年はジャンニの顔を見つめた。今までのは悪い冗談だと言うのを待っているかに見えた。それから顔を歪めて泣き出した。
「昼間、いっしょにいたってことだけど?」
「下宿先で会ったじゃないですか。そのあと学校まで送って、そこで別れました。あれが最後だなんて……」
「夜8時頃、あんたはどこにいた?」
「僕を疑ってるんですか? 僕が殺したと?」
顔を真っ赤にしてクリスティは立ちあがった。
「アリバイってやつを知りたいなら、そんなのありませんよ、家にひとりでいたんだから。僕を疑うなんて、そんな暇があったら加害者を捜すべきだ」
彼はくずおれるように座り込み、両手で顔を覆った。
*
ミケランジェロは洗面所で顔を洗った。鏡を見ると、疲れた顔が見返してきた。憔悴して見えるのは蛍光灯の無機質な光のせいだけではないだろう。
水滴を垂らしたまま、自分の目をじっと見つめる。
死体が彼女ではないかと思い、もう少しで取り乱すところだった。そうではないと気付いたあとも、動悸がおさまらなかった。
どうかしてるのではないか。アレッサンドラがいつも身につけているのはイルカの飾りがついた金のブレスレットで、フラヴィアのは銀だった。下宿で見たから覚えている。普通なら見間違えるはずがないのに。
アレッサンドラは1時間ほど前に新しい画像を投稿していた。
こちらを向いて微笑む彼女。片手には赤ワインの入ったグラス、背景は暮れなずむ空と国営航空会社の機体。空港のバーにいるようだ。
アレッサンドラ@人妻
「素敵な夜を💕🍷😘 #ローマ #空港 #旅行」
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画像に映り込んでいるものに目が行った――床に並べて置かれた2つのスーツケース。
搭乗前のひととき。
最近、水着の写真が多かった理由が分かった。いつかの投稿にあったように、エーゲ海あたりでバカンスだろう。
投稿が途絶えていたのは、きっと旅行の準備に忙しかったから。
海辺の休暇。
恐らく、弁護士の夫と。
僕はいったい何をやっているのか。彼女は結婚していて、現実の世界に生きている。自分の存在が知られることはないし、目に留まったとしても画面の向こうに大勢いるフォロワーのひとりでしかないのに。
ミケランジェロのコメントは、返信がないまま下の方に追いやられている。
深夜で、洗面所には誰もいなかった。ポケットからスマートフォンを取り出した。
アプリケーションの削除は簡単だ。
消してしまえば、もう彼女を見ないですむ。
画面をタッチする指が震えた。
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