第4話 強盗犯はハンバーガーがお好き
ジャンニは〈フローレンス〉のスイングドアを押し開けた。店内に客はおらず、小型の赤いレジスターの向こうで経営者の
「まだやってるかい?」
「もちろんっす。警部なら、いつでも大丈夫」
〈フローレンス〉は揚げ物とハンバーガーの店で、フィリピン人のケイシーが妻といっしょに経営している。ひいきにしている署員は多く、人気はボリューム満点のスペシャル・ビーフハンバーガー。
「いつものやつ」
「署の検診でカロリーが高いものは控えるように言われた、って言ってませんでした?」
ジャンニは冷蔵ケースから缶の炭酸飲料をとった。
「そうだっけ? チーズ大盛、ケチャップとマヨネーズ増量な。マリアンは? 今日はいないのかい」
「妻は旅行の荷物を詰めてます。明日から2人で1週間ほどフィリピンに帰るんで」
「なんと、そうか。家族に会うのかい?」
ケイシーはニコニコした。
「姪が結婚式を挙げるんです」
「おお、そりゃおめでとさん」
「最初はね、ドバイの超高層ビルのてっぺんで挙式するなんて言ってたんすよ」
ケイシーはハンバーガーのパテを鉄板にのせた。じゅっと熱い音があがる。
「てっぺんって、展望デッキじゃないんですよ。頂上っすよ。頂上。アンテナとか立ってるとこ。ほら、いるじゃないすか、あえて危険なとこに登って動画を撮ったりするやつ。そういうのに影響されて、空中ウエディングをネット配信するなんて言うんですからね。親戚みんなで反対したらやめましたけど。で、海底結婚式にしたそうです。新郎新婦と出席者はワイヤーがついたオリの中に入るんです。サメが多い海域で……」
放っておいたら姪の結婚の話があと2時間は続きそうだった。ハンバーグが焦げているのではないか、とジャンニは心配になった。
「ほんと、よかったっすよ、心臓病の爺さんにトム・クルーズの真似をさせずによくなって。どうやって登れってんですかね、おれ、高所恐怖症なのに……あ、焦げちゃった」
テレビではローカルニュースをやっていた。画面のテロップは――
《連続強盗事件》
フードをかぶった5、6人の男が高級時計店に押し入り、ショーケースの商品を強奪するところだった。防犯カメラがとらえた不鮮明な映像をバックに、女性キャスターの声が流れている。
《先月のはじめから、市内では強盗事件が相次いでいます。犯人の逮捕には至っておらず――》
映像が切り替わり、警察車輌の間をのそのそ歩くジャンニ・モレッリ警部の姿が映った。
ジャンニは熱々のバーガーにかぶりつき、垂れた肉汁とマヨネーズをなめた。
「こいつら、解決するまで同じ映像を流し続ける気かな? もうちょっと男前に撮れてるとこを使ってくれればいいのに」
「だんだん犯行が大胆になってるんじゃないすか? このあいだはブランド時計店。次はうちが狙われるかもしれない、なんて思うと、おっかなくて眠れないっすよ」
「まあ、よっぽど腹をすかせてりゃ次はハンバーガー屋かもな」
「犯人の目星はついたんですか?」
目星もなにも。
強盗事件の捜査は主として専門のチームが担当していたが、そのチームが近隣の警察署にまるごと貸し出されてしまったので、ジャンニ・モレッリ警部が一時的に捜査を引き継いだ形になっている。しかし成果はあがっていない。犯人グループの手がかりはつかめず、被害届だけが増えていく有様。
ジャンニはハンバーガーの最後のひとかけらを炭酸飲料で喉に流し込んだ。
「それじゃな、ケイシー。マリアンと姪御さんによろしく。楽しんでこいよ」
「ありがとっす、警部。おやすみなさい」
*
それから約1時間後の23時25分、銃を持った2人組の強盗が〈フローレンス〉に押し入った。
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