木曜日

第5話 泥棒の流儀じゃない①

 科学捜査課主任のフランチェスコ・ヴォルペが屈んだ姿勢を起こした。


「同一犯だよ、ジャンニ。前回のときと同じ指紋が見つかった」

「腹がへったから次はハンバーガー屋ってか? 昨日、冗談でそんな話をしたばかりなんだよ」


 ジャンニは立入禁止テープの外から店内を眺めた。椅子が倒れ、使い捨てのフォークや紙ナプキンが散乱している。切断されて垂れ下がっているワイヤーは、売上金が入ったレジスターが持ち去られた跡だった。


「けど、今まではレジスターごと盗んだりしなかっただろ?」

「抵抗に遭ったんだ。被害者は恐らく、大人しく金を渡そうとしなかった。強盗犯は彼を昏倒させ、レジスターを奪っていったんだ」


 ケイシーは気絶しているところを発見され、病院に運ばれた。


 これまで、連続強盗グループの狙いは貴金属製品だった。前回の高級時計専門店〈ラウレンティ〉での被害額は12万6,700ユーロ。ジャンニは首をひねった。ブランド腕時計のあとで、千ユーロに満たないハンバーガー屋の売り上げに目をつけるとはどういうことか。


 ヴォルペは作業を終えて外に出てきた。大柄なので、鑑識用の白い防護服を着ていると二本足で立ったシロクマに見える。


「それはそうと、昨日のボルゴ通りの現場だ。ドアの呼び鈴から部分指紋が採れたよ。室内に残った他の指紋とは一致しない」


 床に横たわる死体がジャンニの頭に思い浮かんだ。


「犯人の指紋なら、ありがたいな。拭き取らずに残していってくれたってことだろ?」

「いや、拭いたあとについた指紋なんだ」

「拭いたあと?」

「ああ、だからきれいに採取できた。拭き取られたあとで、誰かが玄関の呼び鈴を押したんだ」


 *


 ミケランジェロはあくびを我慢した。


 前の晩は資料の整理に追われ、22時半を過ぎてようやく退勤となった。それから署を出ると、道路脇に停めておいた原付がなくなっていた。新品で、乗って1カ月しかたっていないのに。

 盗難届を提出し、徒歩で帰ったのが深夜1時。疲れ切ってベッドに倒れ込み、寝坊して朝食もとらずに飛び出した。


 警察官が盗難に遭ったなんて、みっともなくて誰にも言えない。昨日、受付デスクであからさまに子供扱いされたばかりだ。こんなまぬけ話、腹を抱えて笑われるに決まってる。


 ジャンニ・モレッリ警部は30分遅れてミーティングルームに入ってきた。


「おい、ミケ君、聞いたぞ。スクーターを盗まれたって? どこに置いといたんだ?」

「大通りの脇です」

「盗難に遭わないためにできるのはただひとつ、所有しないことだ。くそ、マッシモ・ボスコの件を思い出しちまった」

「ボスコ? 代議士のですか?」

「そうだ。メルセデス・ベンツを盗まれたんだとさ。うちの警視長は知り合いでな、国家警察の威信にかけて見つけ出せと言ってきたよ。殺人事件より友達の愛車のほうが大事らしい。まあ、恩を売っといて出世に利用する魂胆だろうけど」


 ジャンニは15インチのディスプレイに殺人現場の写真を表示させた。


「みんなも知ってのとおり、昨日、ボルゴ通りで他殺体が発見された。被害者はフランコ・ディ・カプア、55歳の大学教授だ。頭を後ろから鈍器で殴られたことが死因になったとみられてる。発見されたときには死後少なくとも24時間たっていた。現場周辺の聞き込みでは有力な情報はなし……そうだ、年齢50代、薄汚れた黒いダウンジャケットによれよれズボンの不審な男を目撃したっていう情報が近所から何件か寄せられてるらしい。昨日、警察官に混じって現場付近をうろついてたそうだ。おかしいな、おれはそんな男見なかったけど」


 ジャンニ以外の全員がその不審者の正体を察したが、黙っていることにした。


「空き巣が住人とばったり会っちまい、殴って逃げたってわけじゃなさそうだ。侵入の形跡がないし、荒らされてるのに金目のものは手つかず。泥棒の流儀じゃない。携帯電話の位置情報と通話履歴を取得しといてほしい。それと、映像だ。近辺の店に防犯カメラはあったっけ?」


 セバスティアーノが街路図にピンを刺した。


「現場の斜め向かいに古本屋があります。ここです。ちょうど道路を見渡せる位置だ」

「連絡をとってみろ。でも、あそこはずっと閉まってるんだよな。店主の爺さまが生きてりゃいいけど」


 ドアが開いてレンツォが入ってきた。彼は遅れたことを謝り、透明な証拠品袋を出してテーブルに置いた。中には室内で発見された身分証明書が入っている。


「これについて調べろってことだったんで、市役所に行ってきた。住民登録課で検索してもらったところ、該当する情報は見つからなかった。出生記録もない」


 氏名の欄にアントニオ・ビアンキと書かれ、30代後半と思しき男の顔写真が貼ってある。


「つまり、この人物は存在しないんだ」

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