第43話 長い夜のはじまり
引き締まった筋肉質の体にオーバーオールを着た男が連れてこられた。配管工のマリオ・セガレッティだ。
「ここにいる理由は分かってると思う」
「ぜんぜん」
「あんたの
ジャンニは目の前にいる男の前科を読み上げた。
「被害者はパブで見知らぬ女に声をかけられ、誘われるがままに性交渉をもち、翌日、金を払えという脅迫の電話を受けた……この、女ってのは誰だい? あんたと弟のほかに誰が関わってたんだ?」
配管工は怠そうに座ったまま、目は合わせようとしなかった。その顔に、ジャンニは通話履歴の紙を突きつけた。
「ここにあんたの電話番号が載っている理由を知りたい」
「番号がどこに載ってようと勝手だろ。電話したら犯罪かよ。てめえのスマホを使った罪で終身刑とか? いい加減にしろよ」
「そんなご立派な刑をお前さんみたいなあんぽんたんに適用したら、国庫の金の無駄遣いってもんだ。いいか、今回は殺人事件なんだよ。前みたいに罰金刑なんて軽いもんじゃすまないぜ」
「おれが殺したと思ってるのか? あの大学教授は偽造身分証を売りさばいてたんだ。犯罪者だ。家を調べてみな、おれの言ってる意味が分かるから」
「ほう、どうして分かる? 家に行ったのか?」
「その質問は気に入らねえ」
「火曜日の午後はどこにいた?」
「仕事だよ。嘘だと思うなら会社に確かめろ」
「ここには他にもいろいろ面白いことが書いてある。ぶっ殺してやるとボスに言ったんだって?」
「なんなんだよ、これ。ヴェロニカか? そうだろ。あのクソ女が、おれが殺したとか言ったんだろ。だったら検察官と弁護士の同席を要求する。これ以上は喋らねえぞ」
*
ジャンニはセバスティアーノに、配管工が過去に起こした脅迫事件で謎の共犯の女がいたらしいことを語った。
「で、録音された脅迫電話の内容がこれだ。威圧的な女の声で『――タダでいい思いができると思ったの? あたしがしてあげたこと、ぜーんぶ奥さんにばらしてやるからね。まずズボンのチャックを下ろしたでしょ、それからあんたの貧相なあれを――』……ふむふむ……ほほう……いやはや」
「その女がマリオの弟のルイージです」
「そうなのか?」
「ええ、兄と同じく配管工だとか。マリオは結局、今回の事件にどう関わってるんですか?」
マリオ・セガレッティは、事件当日は同僚と市庁舎の水道工事に出向いていたことが明らかとなった。ジャンニは屋台で仕入れてきた特大ホットドッグの包み紙を剥がした。
「偽造身分証を売ってたことをネタに大学教授を強請ろうとしたのは間違いないと思う。今となっちゃ分からないが、ディ・カプアは脅迫電話にびびって副業をやめる気になったんじゃないかな。注文のブツが用意できないとミルコに嘘をついたのはそのせいだ」
受付係のアントニーノが肩でドアを押し開けて休憩室に入ってきた。制服が埃まみれで、両手に黒いビデオデッキを抱えている。旧式の防犯カメラ用の再生機器だった。古書店のビデオを閲覧するために、倉庫から見つけてくるようジャンニが頼んでおいたのだ。
「これでいいのか?」
「そうそう、よくできました。お前さんの
ジャンニはケチャップとマスタードがついた指をズボンになすりつけ、機器の接続にかかった。電源を入れてカセットテープを押し込み、再生ボタンを押すと、テレビの画面に帯状のノイズが入って映像が映し出された。
カメラは古書店の天井に設置されている。店の前にいる年配の女や、道を通り過ぎる車も映っていた。しかし画質は粗く、肝心の建物の入口は画面に入っていない。ジャンニは少し落胆した。事件発生日時まで早送りで進めようとしたとき、ポケットの中の電話が鳴った。レンツォからだった。
「どこにいる?」
「休憩室でビデオ鑑賞会だよ。といっても全然むらむらしないけど。80歳くらいの婆さまが立ち話してる姿ってのは、おれにはどうも玄人向けすぎて」
冗談につきあう気のない声が返ってきた。
「オフィスに来られるか?」
「行くよ、明日の朝な。もう帰るところなんだから」
「いや、今じゃないとだめだ」
ジャンニは溜め息が出そうになった。
「後回しにできないのかい? へとへとに疲れてるし、オスカーが救急搬送されたらしいから、帰るついでに病院に寄ろうと思ってるんだけど」
「後回しにできないんだ。ジャンニ、とにかく今すぐこっちに来たほうがいい」
「何があったんだ?」
「トロフィーだ」
「へ?」
「トロフィーがここにあるんだ」
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