第42話 前夫の秘密
がっかりしたことに、ヴェロニカ・プッチは着衣でやってきた。
「こういうのって困るわ。閉店時間だったからいいけど、お店に警察が来たら変に思われるじゃない」
淡いクリーム色のジャケットに膝丈のスカートという格好の女は、デスクをはさんでジャンニの向かい側に腰を下ろした。
「で、何をお聞きになりたいの」
「実を言うと、ディ・カプア氏は証明書偽造ビジネスに関わっていた疑いが浮上してます」
「知ってるわ。私は別に隠していたわけじゃないのよ。フランコは私に隠れて頻繁に誰かと会うようになった。女かと思ったけど、相手はその、何というか――顧客だったの。それがわかったときは、なぜかホッとした。おかしいでしょ、夫が犯罪に関わってるのに安心するなんて」
「偽造を手がけるようになった理由は?」
「刺激を求めていたんじゃないかしら」
「というと?」
「スリルを求めてドラッグに手を出す人がいるでしょ。彼の場合は文書偽造がそれだったわけ。だから彼は殺されたの? 不法滞在の外国人や犯罪者に偽の身分証を売っていたから?」
「その可能性が高いとみています」
ヴェロニカは物憂げな視線を窓にやった。日が沈み、空は藍色に変わっている。
「私は馬鹿げた真似はやめてほしかった。結婚生活を汚されたような気がした。私、妻として大切にされてなかったのかしらって」
「そういう話をこの男にもしましたか?」
ジャンニは逮捕写真を女に向けた。
「いいえ。誰だか知らないけど」
「あれ? 昨日あんたの家にきた配管工の男だけど、ご存じない?」
「確かに、そのようね。はじめて来た人だから気づきませんでした」
「そうですか。てっきり定期的に水道管工事に来てるのかと思った」
「嫌な人ね。こういうことを今、あなたに話さないといけないのかしら。これってプライバシーの侵害じゃない?」
「あんたの元のご亭主を殺害した犯人を捕まえるためですよ」
「ふふ、あなた、私をもっと知りたいんでしょ。変な質問で好奇心を満たそうとしないで、うちにいらしてくれればいいのよ」
「この男は上司を恐喝して略式起訴された経歴があります。それはご存知で?」
まったくご存知なかったことを、女の表情は如実に語っていた。
「いやだ、冗談でしょ」
「マリオ・セガレッティは最近1カ月間に7回、ディ・カプア氏の携帯に電話してる。理由に心あたりは?」
「何が言いたいの? まさか、彼がフランコを殺したと思ってるわけじゃないわよね?」
「殺す理由があるんですか?」
「ないわよ。ないに決まってるじゃない!」
「失礼ですが、マリオ君とはいつからの関係ですか?」
ヴェロニカは真っ赤な顔で立ち上がった。頬が引きつり、ぽってりした赤い唇が怒りで震えていた。
「何を言うかと思ったら……私が離婚の前から浮気していたと疑ってるなら、お生憎様、知り合ったのは別居後です。あのね、彼は単なるお友達なの。何の関係もないの。変な言いがかりはやめていただきたいわ」
「この男が事件と無関係だった場合には、失礼を心からお詫びします。けど、我々は彼に関していくつか情報を得ています。殺人への関与を疑う根拠があるんです。どうなんです、ディ・カプア氏が犯罪稼業に手を染めていたのを彼は知ってるんじゃないですか?」
「わかったわよ、はい、彼は知ってます。前の夫がどうしようもないバカで、私を悲しませていたのを。でも、ふたりは会ったこともないの。殺すなんてありえな……」
ヴェロニカは再びストンと座った。
「もしかして……フランコを罰するために? やだ、私のせいでマリオが殺人なんかを……私、罪な女ね。こんなの耐えられない。彼が犯人だったらどうすればいいの?」
「その場合は、デカチンをもってる別の配管工を見つけてもらうことになると思う」
ジャンニは資料をバインダーに戻し、もうひとつの質問をした。
「あんたはディ・カプア氏の家に行った。なぜ黙ってたんです?」
「私が? いいえ、行ってませんけど」
「火曜日の午後4時半頃、部屋の呼び鈴を押した人間がいる。あんたじゃないですか?」
「私じゃないわ。あの日は午後からずっとお店にいました。昨日も言ったはずよ」
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