第40話 姿なき訪問者

 旧市街の病院から電話がきた。オスカー・ポッジという名前の男が救急外来に来たという通報だった。

 ゴリラと形容される借金取りに暴行を受ける可能性があったので、万が一、オスカーが受診したら警察に知らせるよう市内の医療機関に頼んであったのだ。


 ジャンニが早足でエントランスに向かうと、受付係のアントニーノが声をかけてきた。


「ジャンニ、お客さんだよ」

「おれはいないって言っとけ」

「こちらの人は、あんたに会うように言われてきたらしいんだ」


 受付デスクの前に身なりの整った男がいた。足元に鞄が置いてある。


「例の古本屋の息子さんだ」

「古本屋?」

「殺人が起きた現場の近くの」

「ああ、そうか。こりゃどうも」


 病気療養中の店主に息子がいたことを思い出した。


「店の防犯カメラの映像をご覧になりたいとのことでしたので、持ってきました」


 鞄から取り出されたのは旧式の黒いビデオテープだった。


「こりゃまた古風なものを」


 書店経営者の息子は苦笑した。

「ハイテク機器ってやつを父は信用していないんです。こんなのをまだ使ってるのはうちぐらいでしょうね。でも、ちゃんと映ってるかどうか……テープを長期間替えてなかったものですから」


 この手の防犯システムでは何度も録画を繰り返すうちに磁気テープが痛み、画質は劣化する。とはいえ、今、期待をかけられるものはこれしかない。街頭監視カメラからは手掛かりになる映像を得られなかったのだ。

 レンツォが疲れた顔で戻ってきて、ビデオテープに疑いの目を向けた。ゴミ容器の捜索は徒労に終わったらしい。


「再生できるかな? がらくた置き場に古いビデオデッキがあるけど」

「あれで昔、押収した違法エロビデオの鑑賞会をやったもんさ。けど、これは専用の機器じゃないとだめだ。捨ててなけりゃ地下の倉庫にあるよ」


 このテープには、犯人だけでなく部屋の呼び鈴を押した人物の姿も映っているかもしれない。

 姿なき訪問者。

 マヤではない。郵便配達員と宅配業者もその日は訪れなかった。まだ把握していない知人か、関係のない第三者かもしれないが、誰かが殺人現場を訪れたのだ。

 ふと、ジャンニの顔に笑みが浮かんだ。


「おれは馬鹿だ。どうして気づかなかった? 訪問者の正体を知る方法があるじゃないか」

「呼び鈴の指紋は重要じゃないって言わなかったか? 犯人のじゃないからって」

「そうだ。どこの馬鹿が部屋の主を殺してから呼び鈴を押すんだ、死体がドアを開けてくれるわけでもないのに。だけど気になるんだよ。いいか、ばかり考えてた。けど、ドアの前まで来たってことはすでに建物の中にいたんだ。ディ・カプアが死んでたなら、

「ベリンかな?」

「そう、アパートは3戸で、最上階の一家は旅行中。となると、あのメガネしかいないじゃないか」


 ミケランジェロならベリンの連絡先を把握していそうだが、彼はマヤの回数券を持ってバス会社に出向いている。2人はオフィスに戻り、関係者のリストから電話番号を見つけた。ジャンニが言った。


「火曜から水曜にかけてインターホンが鳴ったかどうか訊いてみろ」


 呼び出し音を聞きながら、レンツォは片隅に置いてある濃緑色のリュックサックに目をやった。大学院生のニコラス・ロマーノが忘れていった荷物だ。すぐに取りに戻ってくると思っていたが、どうしたんだろう。

 数回のコールのあと、マヌエル・ベリンが応答した。


「フィレンツェ署のジュスティーニです。伺いたいことがあって電話しました。よろしいでしょうか」

「いいですよ、もちろん」

「火曜日かその翌日に、インターホンに応えて表のドアを開けた記憶は?」

「うーん……ああ、ありますよ。火曜日の午後だったかな」

「何時頃?」


 ジャンニが横から携帯電話を奪い取った。


「確か、4時半頃です」

「ベリンさん、火曜日の4時半頃にドアを開けたってことで間違いないかい?」

「ああ、警部、どうも。間違いないですよ。郵便配達だと言われたんで」


 管轄の配達員は、その日は訪れなかったと言った。殺人が起きた直後に、誰かが配達員を装って建物に入ったということだ。


「よく思い出してほしい。そいつの声を覚えてるかい? 年齢とか、アクセントは?」

「覚えてますが、は男じゃありませんよ。女の人です」

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