第39話 見てろ、ボンクラども

 科学捜査課の主任は青銅のトロフィーに興味を示し、凶器として使われた可能性はあると言った。


「ふん、どいつもこいつも口を開けば可能性、可能性って言いやがる。明らかだろうが、これが教授の頭蓋骨を割った鈍器なのは。おれの天才的ひらめきを誰も信用しないんだもんな」

「あんたのひらめきが成果につながることが少ないからじゃないか?」


 ジャンニは丸めた紙をヴォルペに投げつけた。紙つぶては閉まったドアにぶつかって落ちた。


 マヤは大学教授の家にトロフィーがあったというジャンニの推測を裏付けた。しかし、それがなくなっていたことには気づかなかったと言った。


「最近、盗撮された学生がいたんだって?」


 デスクの前の椅子を勧められ、落ち着かない様子で腰を降ろす。


「盗撮? ああ、あのこと。友達が教えてくれたの、写ってるのはあたしじゃないかって。ナイトクラブで撮られたらしくて」

「なんと、被害者はあんたなのか?」

「そう。チャットでまわってきたんだって。誰が撮ったかは突き止められなかったみたい。すっごく気持ち悪かった」

「被害届を出しといてくれ。そいつの股間に膝蹴りを入れに行く日が来るかもしれないから。火曜日の出来事をもう一度話してもらえるかな」

「午前中の講義に出て、午後は3時頃にフラヴィアの学校の作品展に行ったの。夕方は彼女とその彼氏と一緒に夜間開館日だった美術館に行って、レストランで食事して家に帰った……こういうこと、もう全部病院で話さなかった?」

「大家の婆さまはあんたが2時半に家を出たと言ってる」


 ぴったりした黒のTシャツを着た肩がすくめられた。


「思い違いしてるんじゃない?」

「作品展にいた時間は?」

「7時半頃までだったかな」

「そこで何をしてたんだ?」

「何って、作品を見てたんだけど」

「あんたは4時間も芸術鑑賞するタイプじゃない。30分もすれば飽きてくる。で、もっと刺激の多い場所に行きたくなる」

「確かに、いない時間もあった。あの手のアートって感想に困るんだよね。途中でつまらなくなって、1時間ぐらい近くのバーにいたの。準備の手伝いはしたし、いなくてもいいかなって。フラヴィアには内緒ね」

「死体を見つけたとき、教授の家の呼び鈴は押した?」

「いいえ。壊れてるから」

「そうなのか?」

「押しても鳴らないの。もう家に帰ってもいいんでしょ? しばらく大学を休むようママに言われてるし」

「必要あれば来てもらうけど、それまではこっちにいなくても構わない。協力に感謝する」


 やりとりを聞いていたミケランジェロは納得がいかなかった。これではただの死体発見者への聴取だ。彼女の話は大家やフラヴィアの証言と食い違うのに、警部はなぜ追及しないのか。頻繁に物忘れするようだが、本当に耄碌もうろく爺さんなのかもしれない。


「失礼ですが、バス会社の回数券は使っていますか?」


 マヤがミケランジェロに顔を向けた。

「使ってるけど、それがどうしたの?」


 フラヴィアが回数券に言及したことを思い出したのだ。乗車時刻は磁気カードに記録される。時刻表によると、下宿先の前の停留所から3時20分発のバスがある。自宅を出てまっすぐ旧市街に向かったなら、それに乗っただろう。


「差し支えなければ見せてもらえますか? あなたが家を出た時間を確認したいんです」

「いやよ。あたしを疑ってるの? あたしが彼を殺したと思ってるわけ? 証拠は?」

「それは……」


 そこを突かれると黙るしかなかった。今のところ、証拠どころか動機さえつかめていない。


 黙って聞いていたジャンニがマヤに尋ねた。

「見せられない理由があるなら聞くけど?」


 マヤは小さなバッグから磁気カードを取り出し、叩きつけるようにミケランジェロの前に置いた。


「ほら、これよ。嘘をついてると思うなら調べてみれば?」

「お借りします」


 見てろ、ボンクラども。ミケランジェロは心の中で言った。ぼくがこの仕事にふさわしいことを証明してやる。

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