第38話 強盗犯はシンデレラ

 ジャンニのもとにセバスティアーノがやってきて、ひとこと告げた。

「車を盗んだ兄弟のひとりが、〈ラウレンティ〉の件で提供したい情報があると言ってます」


〈ラウレンティ〉は強盗の被害に遭った高級時計店だ。顔を隠した男たちの姿が防犯カメラに映っていたが、まだ犯人特定に至っていない。


 年上に見えるほうの少年だった。ジャンニは向かい側に腰を下ろした。

「聞こう」


 少年は痩せて色白で、英語のロゴとドクロが描かれた黒いTシャツを着ている。上目遣いにジャンニをにらんだ。


「交換条件だ。車を盗んだことをチャラにして、おれと弟を釈放してくれ」

「あほぬかせ」

「あんた、テレビで見たことあるよ。強盗事件の捜査してるんだろ? おれ、誰がやったか知ってんだ。教えてやるって言ってるんだぜ」

「あのな、どんだけやばい状況か分かってないみたいだけど、容疑は車泥棒なんてレベルじゃないんだ。あの車の持ち主は議員だ。あっちは今後、コカインを隠したのはお前さん方だと主張してくるだろう。偉そうに要求なんかしてる場合かよ」

「隠したのはおれたちじゃない。外国人だからってそういう汚ねえ真似をするのかよ!」

「そうならないように証拠を集めてるんだよ。でも、お前さんが正直に話す気がないなら何もできない」

「正直に話してる」

「そうか? グローブボックスの蓋に指紋がたっぷりついてるのはどういうことだ?」

「おれは触ってない」

「7万ユーロの高級車の収納スペースに、何が入ってるかぜんぜん興味が湧かなかったってことはないだろう」

 少年は肩をすくめた。

「開けただけよ、でも捕まる直前だ。ひとめでやばいって分かった。その時にはもうパトカーが後ろにいてさ。おれたちは絶対にとは関係ない。それに車はおれがひとりで盗んだんだ。弟は釈放してくれ」

「お前さん方をどうこうする権限はおれにはないんだよ。検察官に話はする。何も約束はできないけどな。で、提供したい情報ってのは?」

「強盗犯はシンデレラだ」


 お伽噺のプリンセスの名前は、この事情聴取の場に似つかわしくなかった。


「シンデレラ?」

「あだ名だよ。そう呼ばれてるらしいんだ」

「ガラスの靴でも履いてるのかい? 男か、女か?」


 *


 ラプッチは不在だったので、ジャンニは少年の供述書を無人のデスクに置いた。自分のオフィスに戻ると、科学捜査課のヴォルペが大判の封筒から写真を取り出していた。

 最初の写真は〈フローレンス〉の強盗犯の腕に彫られた黄色いネズミの入れ墨だった。防犯カメラの映像を引き伸ばしてもらったのだ。


「くそ、こいつも捜さなけりゃいけないんだった。忘れてた」


 いつになったらこれに取りかかれるのやら。愛嬌のあるつぶらな瞳は、こちらをバカにしているようでやけに癪に障るのだった。


「腕にこのタトゥーがある友達がいないかどうか、街のチンピラに聞いてみたらどうだ?」

「ラプッチは忙しそうだし、ちょっと聞きづらいよ。あいつの友達を次は強盗でパクることになったらどうするんだ」


 次の写真は殺人現場を写したものだった。床で発見された赤い足跡だ。


「ここに何かの影があるだろう。靴の裏の溝に異物が挟まっていたんじゃないかな」

「異物っていうと?」

「小石とか。それにも被害者の血がついて、床に跡を残したんだ」

「まてよ、もしかしておれの足跡じゃないだろうな?」


 捜査班が到着する前に、ジャンニは現場に足を踏み入れたのだ。科学捜査課の主任はにやりとした。


「違うと断言できる。足跡の形から、有名メーカーの高級ジョギングシューズだと特定できたんだ。あんたはそんなもの履かないだろ?」


 商品画像によれば、白と黒のストライプが入った運動靴だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る