第28話 嘘をついた理由

 ジャンニは部長執務室へ赴き、事情聴取の結果をラプッチに報告した。


「ロッシは詐欺目的で偽の身分証明書を手に入れようとした。手付金を払ったあと連絡が途絶えたんで催促すると、教授はまだ渡せないと言ったそうだ。けど、ロッシのはもう渡せる状態だったはずなんだ。死体と一緒に部屋で見つかったんだから」

「必ずしもそうとは言えない。偽造は業者に依頼していたのだろうが、電話のあとで完成品が届き、殺害されてしまったので連絡できなかったのかもしれないだろう」

「ありゃ1、2日前に届いたって感じじゃなかったよ。埃だらけの封筒に入ってた。嘘をついたんだよ。分からないのはその理由だ。摘発を恐れた可能性もあるけど、おれは何かのトラブルに巻き込まれてたんじゃないかと思う」

「トラブル?」


 ジャンニ・モレッリ警部の推理はときたま明後日の方向に向かうので、ラプッチは懐疑的な表情を浮かべている。


「たとえば、脅迫されてたとか。同僚の教授によると、被害者は少し前に不審な相手から電話を受けていた。相手に向かって『お前は誰だ』と言い、すぐ切ったらしいんだ。教授がロッシの催促を無視したのは、きっとそれが関係してるんだよ」

「今のところは憶測の域を出ない。ただの間違い電話かもしれないだろう。ロッシが殺した線はどうなんだ。騙されたと思い込んで激昂し、殺害したということは?」

「やつはは仕事のあとずっと家にいた、とおれに言ったよ。教授が殺されたのは昨日だと思ってるんだ。実際には3日前だ。少なくとも、殺しに関しちゃシロだよ」


 遺体の解剖は今朝に行われた。検死医から伝えられた死亡推定時刻は、火曜日の午後3時頃から5時頃のあいだ。


「ものは相談だけど、ミケランジェロに来週以降も残ってもらいたいんだよ。関係者の話の裏取りを頼んでるんだ。いてくれるほうが、おれとしても助かる」

「それは無理だ。昨日も言っただろう。父親の上院議員は彼を呼び戻したがっているし、新しいメンバーが2名加わる。予算的に、これ以上増員する余地はない」


 ラプッチは苦笑した。下っ端の警部ごときには理解しにくい事情だろうがと言いたげだ。


「2名? 来週から1人増える話は聞いてたけど、もう1人は誰だい?」

「今朝決まったんだ。明日、きみの下に配属される。文句なく有能な人材だよ。ネット犯罪捜査の経験があり、職務遂行能力、人間性、勤務態度のすべてに『優』の評価がついている」


 渡された勤務評定を見ると、若い警部だった。


「それはそれは。なんだか気が合いそうだよ」

「思慮を欠いたきみの行動に、新しいチームメンバーが歯止めをかけてくれることを期待したいな」


 ジャンニはニコラスの事情聴取をここでやればよかったと思った。そうすればこの高級エグゼクティブ・デスクを反吐まみれにしてやれたのに。


「じゃ、おれはこれで。詳しいことは報告書に書いとくよ」

「明日の朝までに提出したまえ」


 おや? とジャンニは思った。医者を強盗犯と見誤った件について追い打ちをかけてくると思っていたのだが、刑事部長はすでに手元の書類に目を向けていた。


 *


 ラプッチはデスクの引き出しから前夜の報告書を取り出した。医師から打ち明けられた個人的な事情は、そこには記載されていない。


 医師は妻が眠っているあいだにベッドを抜け出し、のマンションに行った。1時間の逢瀬のあとで自宅に戻ると、ポケットに入れておいた鍵がなくなっていた。そこで仕方なくキッチンの窓から入ろうとしたとのことだった。

 口裏合わせを頼まれたので、ラプッチは彼の妻にはこう言った――病院に確認をとりましたが、ご主人は急患の呼び出しを受けて外出したようですね。


 安心させるとつけあがるのでジャンニには言わなかったが、医師とはすでにダイニングの損壊で訴えを起こさないことで話がついている。


 卓上カレンダーに目をやった。


 組織犯罪捜査局D・I・Aフィレンツェ支局長が退任するという噂がある。代議士のボスコは、メルセデスを取り戻せば後任として推薦してくれると言ってきた。このタイミングで部下の失態が表沙汰になっては困るのだ。


 若くして組織犯罪捜査局D・I・Aの支局長に就任。これこそ出世というものだ。すべてがうまくいけば、ここにいるのもあと数カ月だろう。


 口元が緩んできたので真面目な顔を作り直し、報告書を持って署長室へ向かった。言うべきことはもう考えてある――本件は当事者双方の些細な勘違いによるもので、すでに解決済みです。不審者の目撃情報を受けて踏み込んだことは先方の妻に説明しました……ええ、モレッリ警部は告訴されないでしょう。夫のほうから同意を取りつけましたから。いや、お褒めにあずかるほどでは……責任ある警察官として、署員の評判を守るという当然の務めを果たしただけです。

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