第27話 半人前のチンピラ
ミルコ・ロッシはだらしない姿勢で椅子に腰掛けていた。詐欺容疑がかかっているが、殺人についても事情を知っている可能性がある。
「おれの弟はどこだ? 妻は?」
「あんたの弟は公務執行妨害で現行犯逮捕された。かみさんは病院だけど心配はいらないよ」
4年前に引ったくりで逮捕されたとき、ロッシは無職で、家賃を払う金に困ってやったと供述していた。
「それから職を見つけたって? 墓地の清掃か、気味悪くないかい?」
「ああ、でも食わなけりゃいけないから」
「それだけじゃ食っていけないだろう。ヤク中の女房とごろつきの弟が家にいるんだから」
「まあ、なんとかなってるさ」
ジャンニは別人名義の身分証明書を置いた。
「これは身に覚えがないって言ったな?」
「そうだよ。同じことを何回言わせるんだよ」
「ところで、こんな報告が届いてるんだけどね」
ファイルをめくった。ロッシが固唾をのんで手元を見つめてくるのがわかった。
「3カ月前、髭を生やした不細工な男が銀行の窓口に現れ、30万ユーロの融資を申し込みたいと言った。しかし、そいつは融資を受けられなかった。髭を生やした不細工な男には金を貸さないっていう銀行のモットーのせいで」
「失礼だな。不細工じゃねえぞ」
「なんで金が必要だったんだ?」
「ビジネスをはじめるんだよ」
「何のビジネス?」
「何だっていいだろ。前科者はまっとうな商売をしちゃいけないのかよ」
「この身分証明書、どこにあったと思う? ディ・カプア教授の部屋だよ、お友達の」
「そんなやつ知らない」
ジャンニはギシギシ軋む椅子に背中を預けた。
「墓地には死体がいっぱいあるのかい?」
「あたりまえだろ。でなけりゃ棺桶を何に使うんだ。ゼラチンを流してパンナコッタでも作るのか?」
「なら死体には慣れてるだろうな」
「おれは葬儀屋じゃないから死体を触るわけじゃない。壁の向こうに死人が収まってることには、まあ慣れるけど」
「ひとつくらい増えてもどうってことない?」
「増える? 何の話だ」
「フランコ・ディ・カプアは殺された。現場からあんたの偽造身分証が見つかった件ついて、納得のいく説明を待ってるんだけど」
ロッシの口がぽかんと開いた。
「殺された? 嘘だろ? まさか、おれがやったと思ってないだろうな」
「墓地は死体がごろごろしてるから自分でもう1体増やすくらい簡単だ。お前さんに接見したら、検察官もそう思うんじゃないかな」
「バカ言うな、やってない!」
詐欺師になりそこないの男は勢いよく立ち上がった。
「わかった、話す。それはおれのだ」
「なんでまた別人名義の身分証を手に入れようとした?」
「融資を断られたからだよ」
「銀行で偽の身分証なんか見せたら、その場でお巡りを呼ばれるぞ。何のビジネスをしたかった?」
「まだ考えてないんだ。まずは金を手に入れないと」
「あんたに必要なのはな、金じゃない、高校の勉強をやりなおすことだ。それから弟と女房をなんとかしろ。稼いだ金なんか一瞬でクスリ代に消えるだろ?」
「余計なお世話だ。銀行を騙そうとしたのは認めるけど、殺しはやってない。昨日は朝から事務所にいたし、夜はあんた方が来るまで一歩も外に出なかった」
「偽造身分証を注文した経緯は?」
「融資を断られた話を、パブで知り合った男に愚痴ったんだ。銀行のやつら、おれが前科持ちだから金を貸さないって。そうしたら、他人名義ならやれるんじゃないかとそいつが言ったんだよ」
「男の名前は?」
「忘れた」
「もしかして、こいつかい?」
問題のギフトショップの店主が写った写真を見せられると、男はうなずいた。
「そう、こいつだ。詳しい話を聞かせろって言ったら男を紹介された。それがフランコだったんだ。犯罪者みたいな強面だろうと思って会ったら、ボサっとしたおっさんでさ、拍子抜けしたよ。驚いたね、大学教授だなんて」
「で?」
「それだけ」
「そんなことはないだろう。金を払っただろ。手付金かなんかを」
「500ユーロの半額を前金で払った」
「そのあとは?」
「音沙汰なし」
「ブツが手配できたら連絡が来るって話じゃなかったのか?」
フンと鼻を鳴らし、ロッシは背もたれに寄りかかる。
「そう、だから馬鹿みたいに待ってたよ。だけど全然連絡してこないんだよ、あのおっさん。しびれを切らしてこっちから電話したら、まだ渡せないと言われた。ああ、騙されたと思ったさ。だから現物は昨日あんたに突きつけられて初めて見たんだよ」
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