第26話 裏社会の面々

 ジャンニは自販機に硬貨を入れてエスプレッソのボタンを押した。何も起こらなかった。もういちど押した。おかしな音がしてコーヒーが噴き出し、白のポロシャツにはねた。よく見ると故障中の貼り紙があった。自動販売機にまでお前はバカだと言われた気がして思い切り蹴飛ばし、煙草を吸いに外へ出た。


 レンツォが中庭にやってきた。ジャンニと並んで自分もポケットから煙草のパックを出す。


「あのさ、昨日も言ったけど被害者と面識のあったタイ人の女の子と話したんだ。フランコ・ディ・カプア教授は不法滞在者だけじゃなく、外国人の学生にも偽の書類を売ろうとしていたみたいだ」


――フランコ? クソ野郎だったわよ。


 今は中心街のブティックで働く若い女だった。ディ・カプアとはファッションデザインの学校に通っていたときに知り合ったという。仕事を探していることを彼女が話すと、教授は自分が力になれる、外国人が合法的に働くために必要な書類をそろえてやれると言った。


――ケーサツに友達がいるから、なんて抜かしたけどさ、嘘だってすぐ分かるから。まあ、あたしは分かったけど、騙された人はいるかもね。


「200ユーロ、プラス愛人になる条件を示唆して、正規の書類を作ってやると言ったらしいよ」


 ジャンニは空に向かって煙を吐いた。機動捜査部スクアドラ・モービレなんか引退して、数字とにらめっこだけしていればよい部署に転属を願うべきかもしれないと思いながら。


「その程度の話で頭がしゃきっとするほどには、おれは寝起きがよくないんだ」

「もうひとつある。女の子にその話をもちかけたとき、教授には連れがいた。ダサくてぬぼっとしたおっさんが一緒にいたって」

「それだけじゃ特定できないだろ。ダサくてぬぼっとしたおっさんなら、おれも含めて市内に1万人はいる」

「背の低い、おどおどした男で、彼女は以前にもそいつを別の場所で見たことがある。昔のバイト先のセクハラ店長に顔が似てたから覚えてたらしい」

「どこで見たんだ?」

「市内にある観光客向けのギフトショップ」

「ギフトショップ? 事件と何の関係があるんだ? 待てよ、被害者といたなら、そいつも通話履歴に電話番号を残してるかもしれない。調べてみろ」

「もう調べたよ」


 ジャンニの下に配属されてわずか4カ月のレンツォは、上司を出し抜いたからか得意げだった。


「通話履歴に載ってる電話番号を税務署の記録と照らし合わせたら、なんと旧市街で雑貨屋、つまりギフトショップを経営してる男がいてさ」

「あのな、お前さんに焦らされても嬉しくもなんともないんだよ。名前まで分かってるならさっさと言え。おれに向かって、そういう利いたふうな口は百年早い」

「オスカー・ポッジ。ファエンツァ通りの雑貨屋のオーナーだ」

「そいつなら知ってる。おれが警邏隊にいた頃に何度も関わり合いになった男だよ。よし、まかせろ。スケベで女好きの大学教授とつるんで何をやってたのか聞き出してやる」


 長くなった煙草の灰を落とし、聞こうと思っていたことが頭に浮かんだ。


「そうだ、お前さん、夏の休暇はいつがいい? 彼女と旅行に行きたいだろ? 分かってれば教えてもらえると――」


 レンツォはつきあっている女の子がいて、前に一度紹介もされたのだが、ここ数カ月は一緒にいるところを見ていなかった。


「ステファニアとなら別れたよ。別れたと思う」

「なんだ、そのってのは?」

「もう全然会ってないから」

「そうか」

「それよりさ、被害者はどうして裏社会と関わりをもってたんだろう。金に困ったりはしていなかったのに。安定した職についてたし」

「けど、離婚してるからな。弁護士費用や裁判所手数料なんかで結構な金がかかるもんなんだよ。おれのときは印紙代だけで済んだけど。なんせ双方が大賛成で、お互いに一秒でも早く相手の顔を見なくてすむようにしたかったから」

 

 それはよかったと言うべきか、残念だと言うべきか。ジャンニ・モレッリ警部の冗談を聞かされる相手は、ときとして反応に迷う。

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