金曜日
第25話 万年警部、叱られる
ラプッチが背広の裾を翻してデスクの横を行ったり来たりしている。口からはジャンニを糾弾する言葉が次々に飛び出した。
「理解できるかね、どれほど情けないことか。無関係の人間と格闘しているあいだに肝心の窃盗犯を取り逃がしたんだぞ」
ジャンニは返事をするのも億劫だった。昨夜の顛末が思い浮かぶ。駆けつけたパトロール隊員が家の中の惨状に驚くなか、ミケランジェロといっしょに釈明らしきものを行い、逃げるように現場を後にしたのは夜も1時過ぎだった。ただでさえ睡眠不足で頭が痛いのに、そばをうろついてぎゃんぎゃん喚くのは勘弁してほしかった。
「家の柵なんかをよじ登ったら誰だって泥棒と思うだろ? 目撃者もそれで通報したんだぜ。窃盗の被害に遭ったアクセサリー屋から徒歩1分の距離で、〈フローレンス〉に入った強盗と同じ格好だった。不審者の真似をした、あのおっさんが悪い」
「それを短絡思考と言うんだ。上着が似ているだけで強盗犯扱いとは軽率にも程がある。彼は家の鍵を忘れ、細君の眠りを妨げないように仕方なくキッチンの窓から入ろうとしただけなんだ」
「知るか、そんなこと。失礼ですが、一昨日の夜ハンバーガー屋に強盗に入りませんでしたか? って聞けりゃ聞いてたよ。けど、迷ってたら住人に危険が及ぶかもしれなかった」
あの年配の女なら、強盗ばかりかテロリストだってフライパンを振り回して撃退しそうだが。
ラプッチが冷ややかな目を向けてきた。
「きみがカンフー映画ばりの見事な立ち回りで破壊したテーブルは7千ユーロだそうだ。ほかの家具と併せて損害は1万ユーロ程度だが、どう償うつもりなんだ」
7千ユーロ! さしものジャンニも腹の底がすうっと冷えた。丸テーブルをひっくり返したのは覚えているが、警部の月給の3倍はする高級品だったとは……
「そりゃ、面目なかった」
「今回ばかりは上に報告しなければならない。のちほど署長に説明するが、擁護は期待しないでもらいたいものだな」
「あんたはあの場にいなかったからそんな口がきけるんだよ。もしあれが強盗犯だったら? 今の澄ました顔でいられたかい? 男が婆さまの頭の壁に叩きつけても、手をこまねいてましたって言うんだな? ああ、そうかい。わかった、わかりましたよ。だったら署長でも警視総監でも、誰にでも報告すりゃいいさ」
「仮に強盗犯だったとして、自分も同じ窓から忍び込むとはどういうことだ。きみこそ不法侵入者として訴えられかねなかったんだぞ」
ラプッチはミケランジェロに笑みを向けた。
「きみが居合わせて住人に事情を説明したおかげで、誤解を免れることができた。今後の活躍にも期待しているよ。私がよろしく言っていたとお父上に伝えてくれたまえ」
何が期待してるよだ、父親と結託して警察を辞めさせようとしてるくせに。期待してるのはミケ坊やがあんたの人脈の拡大に役立ってくれることだろう。
再びジャンニに向き直ったとき、ラプッチは厳しい表情に戻っていた。
「きみが今の地位にふさわしいかどうかに疑問が投げかけられるだろう。
顔に怒気を滲ませた年配の女が階段を踏み鳴らして上がってきた。昨日の医者の妻だった。事情説明を求めて訪れたらしい。ジャンニは急いで後ろを向き、古いカレンダーを見ているふりをした。きちんと毎月めくる者が誰もいないので、去年の12月のままだ。
ラプッチは態度を切り替え、丁寧に女を誘導した。
「お待ちしておりました。このたびは同僚が大変なご迷惑をおかけしまして……」
声が遠くなり、執務室のドアが閉ざされた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます