第23話 深夜零時の追跡劇①
うたた寝から目を覚ますと、フロントガラスに映り込むオレンジ色の道路照明灯が見えた。
自分がどこにいるかをジャンニは思い出そうとした。
ロッシに同行を求め、救急車が彼の妻を乗せて走り去るのを見届けた。そのあとパトロールカーの助手席にもぐり込んだところまでは覚えているが、寝入ってしまったらしい。
横でステアリングを握る巡査に、ジャンニは署まで送ってくれればいいと言った。
「いえ、ご自宅まで送るよう言われてます。もう着きますよ」
「ありがたい。煙草の自販機の前で降ろしてくれ」
後部座席ではミケランジェロがノートパソコンを膝に乗せ、報告書の作成にかかっていた。
「なにもこっちに来なくてもよかったんだ。適当に切りあげて帰れって言っただろ?」
「しかし、ぼくもチームの一員です。捜査活動には参加させていただきたいと思います」
「はりきると、ガス欠になっちまうぞ。で、お前さんが辞めるほうに賭けてる連中がビールを奢られることになる。サボり上手な上司を少しは見習いたまえ……」
ジャンニは口をつぐんだ。
おれは何を言ってるんだ? この坊やはあと数日でいなくなるのだ。今後も上にいるような口をきいてどうする。
「すまない、ちょっと停めてくれ」
静かな住宅街だった。ジャンニは後部座席に体を向け、ミケランジェロの視線をとらえて言った。
「実はだな、ミケランジェロ、話さなけりゃいけないことがある」
車載無線機が軽快な呼び出し音を響かせ、通信指令係の声が割り込んできた。
「ヴォランテ
コールサインに応えてジャンニは無線機のマイクをとった。
「あいよ」
「チェーザレ・グアスティ通りで数人の男が商店に侵入しているという通報がありました」
「強盗か?」
「店内に人がいるかどうかは分かりません。通報してきたのは車で通りかかった人で、もう遠ざかっています。何人かでシャッターをこじ開けようとしているのを見たそうです」
「了解、ただちに向かう」
パトロールカーが発進し、緊急走行に切り替わった。話は後回しにせざるをえない。そのことにどこか安堵しながら、ジャンニはポケットから携帯電話を出した。寝ているあいだに鳴っていたような気がする。
着信はレンツォからだった。彼は被害者と接点のあった外国人に話を聞きに行っている。折り返してかけると、すぐに電話に出た。
「ジャンニ、例のタイ人の女と話した」
向こうは騒々しい場所にいるようだ。パトロールカーのサイレンも重なり、ジャンニには彼が何を言っているのか聞きとれなかった。
「もうちょい大きな声で話せ!」
「偽造元を辿れるかもしれない。その女は学生時代、イタリアで合法的に働くのに必要な書類を200ユーロで用意できると持ちかけられたらしいんだ、殺された教授に」
「え、なんて言った? もういい、あとにしろ。今忙しい」
電話を切ってから表示時刻を見て驚いた。署を出たのがついさっきのような気がするのに、もう深夜0時を過ぎている。
「あそこです!」
ミケランジェロが後部座席から身を乗り出して前方を指さした。
パトロールカーは停止した。小さなアクセサリー・ショップだった。シャッターが無残にもめくれ上がり、ガラスの破片が道に散乱している。盗難警報機の音が鳴り響いていたが、店の中にも周囲にも人はいなかった。
車載無線が再び応答を求めた。ジャンニはマイクをとって状況を伝えた。
「シャッターが派手に壊されてる。ショーウィンドウの中身をかっさらって逃げたんだな」
たった今もう1件通報が入った、と通信指令係が言った。
「ルイジ・パッセリーニ通りで、住宅の柵を乗り越えようとしている男を通行人が目撃したとのことです。そこから近いと思うんですが」
ミケランジェロがジャンニを見た。
「徒歩で1分とかからない距離です。警部、もしかしてここに窃盗に入った犯人のひとりじゃないですか?」
ジャンニも同じことを考えていた。通信指令係にたずねた。
「人相風体は?」
「大柄な男で、赤いジャンパーを着ています。背中に白い大きなロゴ」
ジャンニの背筋を寒気が這い上ってきた。ハンバーガー屋に強盗に入った二人組のうち、腕に刺青のある大柄な男が着ていたのと同じ上着だ。
男が小柄なフィリピン人を壁に叩きつけている映像が思い浮かんだ。あのゴリラが家宅侵入の最中に住人と鉢合わせしたら……その先はあまり想像したくない。
「お前さんがたはここにいてくれ」
他のパトロールカーが到着したら応援をよこすよう巡査に指示し、ジャンニは懐中電灯をとってルイジ・パッセリーニ通りへ走った。
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