第7話 ぼくの存在に気づいて

 ミケランジェロはジャンニ・モレッリ警部の執務室を捜して歩いていた。殺人課の主任なら専用オフィスくらいありそうなのに、それらしいドアは見つからない。


 正面玄関から伸びる階段を受付係のアントニーノ・セッラ巡査が上がってきた。


「トニーノ、あのさ、モレッリ警部のオフィスがどこにあるか知ってる?」


 ミケランジェロが尋ねると彼は立ち止まり、慇懃な態度でフロアの一角を示した。


「あちらでございますよ、警部殿。ご覧になればお分かりかと存じますが」


 爆発のあとのように散らかった机があった。ミケランジェロが廃品置き場だと思って通り過ぎた場所だった。

 振り返ると、受付係は制服組の仲間をつかまえてミケランジェロをちらちら見ながら小声で訴えていた。


「……どっかの御曹司らしいんだけど、おれに偉そうな口ききやがってさ」


 ミケランジェロは気にしないようにした。甘やかされた洟垂れ小僧扱いは予想していた。陰口なんて痛くもかゆくもない。やるべきことをやって、警部の階級にふさわしい人間だと示すまでである。


 まずは捜査中の案件をひととおり頭に入れておきたかった。しかし、何がどこにあるのかさっぱり分からない。積んであるダンボール箱は倒壊しそうだし、書類が地滑りを起こしている。埃だらけの業務用ノートパソコンは盛大にコーヒーをこぼした跡があった。こんなに散らかったデスクは、今までにいた部署では決して許されなかっただろう。


 週刊誌やピザの空き箱に埋もれていた捜査資料から、おおよそ次のことがわかった。


 2週間ほど前、高級腕時計店〈ラウレンティ〉に強盗が入った。防犯カメラには、男たちがマンホールの蓋をぶつけて店のガラスドアを破り、商品を略奪する姿が映っている。


 横に置いたスマートフォンが振動した。画面が点灯し、通知が現れていた。


 アプリを開くと、あのひとの新しい投稿が1件あった。黒いビキニ姿でプールサイドに仰向けになっているショットだ。日焼けした腕に金のブレスレットがよく似合う。



「去年のエーゲ海でのバカンス。夏が待ちきれない!」

いいね! 16,567件



 流行りの写真共有アプリで見つけたアカウントだ。暇つぶしに友達や有名人の投稿を見ていたとき、偶然目に止まったのだ。


 ユーザー名は――アレッサンドラ@人妻。


 これまでの投稿から察するに、40歳前後に見えるこの女性はミラノを中心に展開するエステサロンの経営者で、ローマの街並みを一望できる高級住宅に住んでいる。



■■■プロフィール■■■

アレッサンドラ@人妻

#セレブ生活 #弁護士の妻 #旅行 #美容 #インフルエンサー Life is beautiful✨ お仕事依頼はDMより💋

■■■■■■■■■■■■



 コメント欄は「きれいだ」「セクシーだね」という言葉やハートマークで埋まり、中にはかなり露骨な書き込みもあった。

 ミケランジェロはまだいちどもコメントしていない。会ったこともない年上の女性だ。軽率なことは書きたくないし、ほかの連中と同類の下等生物だと思われたくない。


 でも。


 それによって、遠くから見つめているぼくの存在に彼女が気づいてくれるなら――

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る