第8話 話したくない事情
「話しておきたいことって?」
マヤが怪訝そうな目をジャンニに向けた。
「たとえば、どうして教授の家に行ったか」
「そこで勉強会の予定があったから。さっきも言ったけど」
「そうだったな。裏をとらなけりゃいけないんで、一緒に行くはずだった友達の名前を教えてくれるかい?」
包帯の巻かれた手に視線が落ちる。
「ごめんなさい。実は、友達と一緒に行くことになってた話は本当じゃないの。教授とふたりだけの勉強会なんて言ったら、ママが変な心配をすると思って」
フランコ・ディ・カプア教授は彼女より30歳は年上だ。アンナ・メルカード警部にも残ってもらって自分の代わりに話を聞いてもらえばよかったな、とジャンニは思った。こういう事情だろうと察していたのだ。
「被害者との関係は正直に話してもらいたいんだ。あんたの話は裁判で証言として扱われる。家のドアが開いてたなら、おれたちはその前提で捜査しなけりゃいけない」
「分かったってば。ドアは閉まってました。合鍵を持ってるの。これでいい? ママには言わないで。ね?」
ジャンニは病室の外の廊下を見やった。母親が戻ってきそうな気配はまだない。レンツォがうまく引き留めていてくれればいいが。
「おれからは言わないけど、こうなったからには隠しておけないんじゃないかな。他の人間に知らされるよりはあんたの口から話したほうがいいと思うけど」
「バッカみたい」
煙草のパックから1本抜き取り、大学生は病院の廊下にいることを思い出したようだった。火をつけたくて仕方なさそうに指の間でもてあそぶ。
「教授とそういうことになったのはいつからだ?」
「去年、共同研究プロジェクトに参加したの。それがきっかけでふたりだけで会うようになった。だんだん家に行ったり、料理したりするようになったんだよね」
「合鍵で部屋に入ってからのことを話してもらいたい」
「それはさっきも言った通り。キッチンをのぞいたら彼が床に倒れてるのが見えて……呼んでも返事をしなくて……。血だらけで、揺さぶったら自分の手にも血が……。そのあとはよく覚えてない。気づいたら、悲鳴をあげてた」
「あんたも怪我をしたんだね?」
「驚いて、床に手をついちゃったの。ガラスの破片で切ったんだと思う」
「生きてるときに最後に会ったのはいつ?」
「おとといの朝8時頃。前の晩、泊まったから。あたしが家を出るとき、フランコはまだ寝間着でコーヒーを飲んでた」
死体発見の35時間前だ。
「あたしはそれから朝の講義に出て、いったん家に帰って午後3時頃にまた出かけた。フラヴィアが通う美術学校の作品展があって、手伝いを頼まれてたの。フランコからは連絡ないし、メッセージも既読にならなくて、心配はしてた」
マヤは煙草を指の間で転がし、病院の廊下のどこかをじっと見つめた。
「受賞したのよ、あたしたちの研究プロジェクト」
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