第二話 マーメイドの呪い 16
「そろそろ座標につくぞ」
先程までの嵐が嘘のように高かった波が急に落ち着き、気味が悪いほど海はシンと静まり返っていた。
鳥肌がたち今から何かが起こる、そう感じたのはエドワードだけではなかった。
「本当にここ?」
「何もないじゃないか」
「だが座標は確かにここだったぜ?」
「ここでそんなに何隻も船が沈んだっていうの?」
不安に思う気持ちを抑えるように冷静に現状を把握しようとするが無駄だった。
周囲が岩場ということもなく激しい海流も渦さえないとても穏やかな海だったのだ。
船長が持っていた小舟でさえ大丈夫そうだ。
そんな場所でもし本当に何隻も沈んでいるというのならばきっと何かがあるはずだ。
「それどころか、大半の船は目指したところで辿り着けない場所だ。折角だから俺は潜るが、潜るやつはいるか?」
「私も行こう。この海は静か過ぎる。海底がどうなっているか気になる。」
エドワードとメアリーは船に残ると答え、返答を待って二人は海へと姿を消した。
この場にいるだけで不安になってくるというのに潜るだなんてとんでもない話だった。
「ここで沈んだ船に船長の知り合いがいたのかな」
「そんなところだろうな。」
「見つかるといいなぁ。」
普通なら船長が探す船が海底に沈んでいれば見つかる可能性は高い。
だがルイスの村の船がどれだけこの場を探しても見つからなかったのだ。
ルイス達は当然海底も探しただろうが見つからないということは場所がここではないのか沈んでおらず波で流されてしまったかだろう。
当然流されていたとしたらこの広大な海の中でその船を探すのは不可能に近い。
もし船長の探す船も同じように沈んでいなければもう見つからないだろう。
そうは思ったが、二人ともそのことを口にはしなかった。
「例の豪華客船も見つからないか。」
「もう何か月もたっているんだから沈んでいなければもうここにはないだろう。」
キマイラと船長は三時間ほど潜り、結果収穫はなかった。
戻ってきて早々に船長は本当に座標はここであっているのかと地図を食い入るように見つめた。だがいくら見つめても今まで見てきた地図と変わることなかった。位置も間違いなくこの場所を指していたのだ。
「なにがあったの?」
「なにもだ。潜れる範囲で潜ってみたものの海底があまりに深くて底へは辿り着けなかった。もし場所が正しければ見つける手立てはないだろう。」
船長室からクソッという声とともに物が叩きつけられる音が聞こえる。
「約束の時間だがもう少し」
「だめだ。いち早くこの場から出発するべきだ。ただでさえいわくつきの場所なんだ。それに日が落ちたらなにか起きても把握しきれない。」
キマイラは口にしなかったが日暮れまでいればルイスから聞いた条件がそろってしまう。
それでも日暮れにこの場所を出れればルイスと同じように助かる可能性はあるが、日没になったらどうなるか一切想像もつかいない。
静かな海ほど状況が一変するのはあっという間なのだ。
「だが」
「潜って分かっただろう。今の装備ではあれ以上潜るのは不可能だ。それともここで何かできるのか?」
「それは」
何かできなくとも、何かできるかもしれない。
希望ゆえにここに残りたいという気持ちは痛いほど良くわかってはいたが、それでもキマイラがいう通り何もない場所だからといって何も起こらない保証はない。
ルイスの言う日暮れが過ぎたら猶更だ。
だがただ駄目だと言っても聞き入れる気は船長にはないらしい。船の舵を握っている以上船長を納得させなければ出港もできない。エドワードはしぶしぶ依頼の一部を話すことにした。
「今は壊滅状態になっている村、ご存じですよね?」
「当然知っている。」
「その村の船がここで行方不明になったそうです。そして行方不明になった船を探しに村の船が何度もこの場所に通ったそうです。それでもとうとうなにも見つからなかった。村で探しにきても見つからなかったんです。貴方だけで見つかると思いますか?それに見つけることよりも探したということが重要なんじゃないでしょうか?」
それに反論しようとした船長だが、キマイラに反論の言葉を遮られてしまった。
「どちらにせよ一度この場を移動しよう。話はそれからだ。」
だが半ば無理やり船長を納得させ、この場を去ろうとした頃にはもう手遅れだった。
夕日が落ちる寸前、光が海面をなぞるように広がった。
その景色は水平線に光が差し込む時と記されたルイスの日記に書いてあったその現象そのものだった。
メアリーやキマイラだけでなく、信じていないと言っているエドワードさえも顔を青くし、船を慌てて出発させようとした。
ようやく船長はエンジンをかけ船は動き出したが、行為が無駄に終わったことを歌声が告げた。
ルイスの日記に書かれていた条件が揃ってしまったのだ。
とこからか聞こえてくる歌声に船長は惹かれ海をまじまじと覗き込み、エドワードは慌てて耳をふさぐ。
キマイラは慌ててルイスがしたように二人を連れて船室に押し込み、未だ船頭にいるメアリーに早く来いと怒鳴る。
歌声の主を探していたメアリーがその声に慌てて船室に向かおうとした、その時だった。
「何かお探し?」
と声をかけられた。
確かに美しい女性だった。壁の絵の人魚も美しいと思ったがこれを見てしまえば見比べるのも失礼なほどだった。もしメアリーが神々の美しさを見ていなければ魅了されてしまいそうだと思うほどの美しさ。
息をのみメアリーは言葉をしぼりだした。
「あなたが人魚?」
「えぇ、そうよ。何も探し物がないのなら早くここから帰ったほうがいいわ。」
「何故?」
「元の世界に帰れなくなるわ」
人魚曰く、ここは異界へと繋がる境界で完全に日が落ちるとその境界は閉ざされてしまうのだという。そうなると朝日が昇るまでこの境界を越えることはできなくなる。
もし運がよく船が再び通ることができたとて異界から生きて帰った者は見たことがないのだと説明してくれた。
「じゃぁ父は!リードは!」
船室に押し込めた船長だがキマイラの静止もむなしく船長は人魚に掴みかかった。
そんな船長に敵意をむけることなく、ただ目の前の人魚は悲しそうに微笑んだ。
「残念だけど境界を越えたのなら助かるとは思えないわ」
「お前が殺したんだろ!二人を誘惑して」
「私じゃないわ。私は異界に通じる前の忠告をするだけだもの。でも私がいくら注意しても誰も引き返してくれないの。」
人魚は微笑んだ顔を崩すことなく涙をながした。
そして、死にゆく魂のために歌い続けるというのだという。
「こうして話を聞いてくれたのは貴方たちが初めてなの。だからお願い、もう時間がないわ!この場から逃げて。」
パシャンと音が聞こえ、海面から行くべき道を指し示す人魚。
人魚がこれ以上話すつもりがないのだとわかると、船長は聞きたいことも迷いも全て振り払って人魚の指し示す方角に船を進めた。
***
人魚が指し示す方角へ進み続けると嵐にぶち当たった。
行きに遭遇した嵐よりも酷い船が沈みかけるほどの嵐だった。
「あの人魚!嘘つきやがったな!!」
船長は悪態をつきながら舵を取った。
ようやく嵐を抜け、もうすっかり日も落ちて静かな夜の海へと変わってからこの嵐こそが助かった証拠なのだと分かった。
嵐から抜け落ち着いて再び長い長い船旅となり、その間ずっとキマイラは船長の話を聞き続けた。
船長の父はルイスの言っていた豪華客船の料理人だったらしい。
キマイラは豪華客船がもぬけの殻だったことを伝えるか否か迷った末、伝えないことに決めた。伝えたとしても探している相手が見つかることはおそらくないだろうと確信していたのだ。
船長との別れ際、涙で赤くなった目で「ちゃんと生きようと思う」と船長はいった。
キマイラはその言葉を聞いてこれでよかったのだ、と真実を飲み込んだ。
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