第二話 マーメイドの呪い 12
長い髪、長い髭、そこに隠れるように瞳が見える。
その目はギラギラしており、怖いと感じるほどだった。
男はこちらをじっと見つめたまま近づいてきてどかりと音をたて空いている席に座った。
「遺体はどれだけ探してもない」
そうもう一度繰り返す。
瞳は闇を見つめているように生気がなく丹丹と言葉だけが口から出ているようだ。
「なぜないんだ?」
「分かるだろう。彼女はそれほど美しいんだ。」
いざ男を前にするとアーネットの友人の名前を知らなかったことに気付く。
アーネットは一度もその名前を呼ばなかったし、持ってきた新聞記事には名前が伏せられていた。
それだけではない。
ジェフに尋ねたときもアーネットの友人の名前は一切ださなかった。
そして、何故か名前がわからなかったことを誰も疑問にも思わなかった。
「あの…えっと…お名前は」
メアリーに名前を聞かれ、男は不愉快だという表情を浮かべた。
「ルイス・メルヴィルだ。もう呼ぶ人間もいないがな」
村人も共に船に乗った仲間ももういない。
もし、今後この人の名前を呼ぶとすれば心配して依頼をしてきたアーネットくらいかもしれない。
だがアーネットも名前を呼ばない気がするのだ。
そして聞いたばかりの名前も消えてしまうように思い出せない。
その疑問にもう目を向けることもなくエドワードは本題をきりだした。
「あの船で一体なにがあったんですか?」
「何が聞きたい。何故そんなことが聞きたいんだ」
ルイスは睨みつけた。
もう刑は確定し、自分はもう村から追い出されてしまったというのに起こった出来事について聞かれたルイスは目の前の三人に不信感を抱いた。
幾度となく自分の元に現れて消える妄想。
だからこそ三人が家に留まっても拒絶はしなかった。
「これ、覚えてますか?」
アーネットに返却するも、出発の日に手渡された日記をメアリーは出した。
「何故これを」
「アーネットさん、ご存知ですよね?」
「ああ、勿論だ。手紙は届いたのか…。」
「はい。心配されていました。」
「では何故アーネットが来ない!何故君たちをここに寄越して自分は顔を見せない!」
「それは貴方の居場所がわから」
「分かるはずだろ!君たちでさえ分かったんだ。勘のいいアーネットが分からないわけがない!それに手紙を返信するだけでも何故しないんだ!」
机を叩き付きつけた拍子に日記が落ちた。
「とうとう彼女にも見捨てられたということか…」
「違います!アーネットさんは貴方を救う方法を求めて私たちに依頼されたんです。」
「救う?救えると思うか?もし本当に救う気があるのなら記憶を全て消してくれ」
「それは…。」
「出来ないだろう。ならばほっといてくれ。」
アーネットから聞いていた印象よりかなり気難しい人物だった。この人物を説得して話を聞くのは骨が折れるとエドワードとメアリーが視線を交わした横からキマイラは口を挟んだ。
「さっき村へ行って来た。海は汚染され村には伝染病が蔓延。村人はほとんどおらず、亡骸さえも放置されていた。」
「知ったことか」
聞きたくないと目を瞑るルイスを無視してキマイラは続けた。
「良かったじゃないか。言われのない罪を着せた村人はほぼ壊滅状態だ。」
「お前に何がわかる」
「何も分からないさ。引きこもり現実逃避する人間のことなんて私はわからないな。」
「好きでこうしているわけがないだろう」
「好きでそうしてるんだろ?何故戦わない。そもそも、村に帰る必要はなかったはずだ。」
「どういうこと?」
「考えてみろメアリー。昔からそう言った言い伝えが残っている村だ。同じ状況になったのであれば少なからず村に戻った時にどうなるか想像はついただろう。だったら村に帰らなければ良かったんだ。それなのに何故帰った?」
船で近くの港に行くことだって出来たはずだ。
日にちはかかってもそこから村に行くことだってそのまま逃げることだって出来たはずだ。
なのに何故そうしなかったのか?
そう考えた時、一つの結論に至った。
戦ったのだ。
一度は逃げずに船を村まで一人、乗り帰ったのだ。
村まで何の知識もなくたどり着くのは大変だっただろう。
しかも一人きりの航海だ。
「そもそも遺族のために出した船だ。これ以上遺族を増やしてどうする。そんなことできるはずがないだろう」
「ならば無実を訴え続けても良かったんじゃないか?」
「無駄だったんだ。」
「無駄じゃなかったからこそアーネットが私らを読んだんだろ」
「当時のことを教えてくれるだけで良いんです!」
「思い出したくもないんだ。」
「では、この話はし続けたくはないでしょう?」
「当然だ」
「話さえ聞ければ我々は二度と貴方の前でこの話は致しません。」
エドワードはルイスの隠れた目を見ながらはっきりそう誓った。
ルイスは諦めたようにため息をつき、椅子の背もたれに寄りかかった。
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