第二話 マーメイドの呪い 13
「何が聞きたい。」
「最後の航海についてもっと詳しく聞きたいんです。それと航海から帰った時の話も。」
「いいだろう。これが最後だ。」
「最後の航海も変わらず、最初から行方がわからなくなった仲間を探してでしたか?」
「そうだとも、そうでないとも言える。もう仲間を救うという目的はとうに諦めていた。」
「諦めていたのですか?」
「行方不明になった者を探す航海は何度目だったと思う?何度も何度も航海しているうちに誰でももう無理だと分かるだろう。」
航海をするというのは並大抵のことではない。
日記に書かれていた航海の日数が長ければなおさら、体力も精神力も並大抵の人間では耐えられないものだった。
しかも何度も航海を繰り返してきたのだ。
「最初のころは誰しも絶対に連れ帰ろうと頑張っていた。だが航海を重ねるごとに一人、また一人と諦めの念が広がっていった。終いには遺族ですら諦めていたんだ。」
「では最後の航海は何のために?」
「村ではもう限界だという話が出ていたんだ。いい加減にもう打ち切ろうということになったんだ。何度も航海を繰り返して人や予算を消耗し切ってしまった。だから最後の航海は捜索ではなく、区切りをつけるために出航することに意味があったんだ。」
「結局、探しには行かなかったのですか?」
「そうだ。最初は近くの港町で数日過ごしてから帰る予定だったんだ。船員の誰かが、これまでの航海の疲れを癒すためのバカンスだと言っていたな。」
「港町で何かあったんですか?」
「いや、結局港へは行かなかった。」
「なぜですか?」
「最後の航海の直前、これまで何度も探索してきた海域で船が沈んだんだ。豪華客船で乗っていたのは金持ちばかり。当然大規模な捜索がされていたが、何故か捜索に出た船は結局その海域には近づけなかった。」
「貴方たちはその海域に何度も探しにいっていたんですよね?」
「そうなんだ。おかしいだろう?誰も近づけないのに、なぜか私たちだけが何度もその海域に行くことができたんだ。結果、ある船員の一言で最後にもう一度その海域へ行くことに決まったんだ。」
あの頃の船内には緊張感と興奮が広がり、船員の心の中には未知の冒険への期待が高まっていた。彼らは過去の航海で学んだ経験を胸に秘めながら、最後の航海に挑む覚悟を固め船を進めたのだ。
当然、沈んだ船の行方に思いを馳せもした。それほど何度もこの海域に足を運び、希望と絶望を繰り返してきたのだ。
しかし、今回は違う。
最後の航海となるこの日、今までとは別の意味でもう一度その海域に挑むのだ。
「捜索している人の何かが見つかるもよし、もしかしたら豪華客船の財宝が手に入るかもしれないということですか?」
「あぁ。結果として、今まで通り遺族に渡すものは見つからなかったが、代わりに豪華客船はすぐに見つかったんだ。」
「沈んでいたんじゃなかったんですか?」
「いや、沈んでいなかったんだ。私たちがその船に乗り移ったとき、誰もおらず、人がいたという痕跡だけが残っていたんだ。奇妙なことに逃げ出したわけでもない。誰もいないことを確認し、私たちは…海賊行為を行ったんだ。
誰も見ていない。証拠も残らない。どうせだれもこの海域に近づけないのだ。誰かがなくなったことに気付くこともないだろう。だったらここに辿り着いた我々がもらってもいいはずだ。村は疲弊している。村のためにも必要なのだ。
そうして、私たちは一致団結し、口々に言い訳を述べていた。
だが、いざ帰ろういう時、突然異変が起きた。」
ルイスは少し沈黙し、思い出にふけるように続けた。
「日記にあった人魚ですね。」
「日記にも書かれていた通り、それは日没間際、水平線に光が差す瞬間だった。
誰もが信じられなかった人魚に遭遇したんだ。その美しい姿と魅惑的な歌声に船員たちは魅了され、次々と海へ身を乗り出していった。しかし、私は自分が海賊行為を働いた罰を受けているのだと感じたんだ。こんな恥ずべき行いを日記に書けるわけもない。罰を恐れて私は船底に身を隠した。」
「船にだれも村人が近づかないのは何故でしょう?」
「船に近づかないのは村の伝承を知っているからだろうな。分からないというのは誰しも恐ろしいことだ。船員が忽然と消えた船。船に入ったら何か悪いことが起こるかもしれない。そんな恐怖から入らなかったのだろう。私が無事だったのだから船にはなにも問題はないだろうが誰もそうは思わないらしい。船に入れば財宝が手に入るというのにな。」
「その船にあったこの地図は?」
「その地図には、長年私たちが捜索していた場所が示されている。×が印されているのが船が沈んだと思われる場所だ。当時、航海士が航海中に作ったものだ。」
「お話は変わりますが、この村では伝承が根強いんですよね?大抵そういう場所では恐れから関わった人間が殺されるということが起こるそうですが、なぜあなたはそうならなかったのでしょうか?」
ルイスは少し考え込んだ後、ゆっくりと答えた。
「村の伝承が根強いからだろうな。殺したことで何かが起こるかもしれないと思うと、関わらない方が賢明な判断だと感じたのさ。だから私はこの場に追いやられたんだ。」
「この場といえば、この場で変わったお客さんにあったとか」
エドワードはアーネットから渡された日記ではなく、この場に置いてあった日記について尋ねた。
ルイスは勝手に読んだことに怪訝な表情を浮かべたが諦めたかのようになにも言わずに答えた。
「見ての通りの場所だ。誰でも入れる状態の小屋だ。この小屋はどんな人でも入れる状態だったんだ。君もすぐ入れただろう?
とにかく、その客は一晩の宿を求めてやってきた。私は恐れも疑いもせず、彼を受け入れた。
そういえば、不思議なことを尋ねられた。」
「どういうことを聞かれたんでしょうか?」
「壁に描かれた絵を凝視して人魚を痛めつけた経験があるかと聞かれたんだ。
だが、私は声から逃げ回りはしたが顔をみるどころか手を挙げるほど近くにすらよっていない。そう答えたら彼は満足そうな表情を浮かべていた。船での出来事を尋ねられることはよくあったけれど、痛めつけたかと聞かれるとは思いもしなかった。それと、あの絵についても聞かれたな。」
「壁に描かれている絵でしょうか?」
「そうだ。これはだれだ?と聞かれた。だから海で出会った相手だと答えた。そのくらいだ。」
後ろ姿だとしても架空の生物である人魚をそのお客さんが”誰”と聞くのはいささかおかしい話だった。
「そのお客さんは、ご存知の方ではなかったんですよね?どんな容姿をしていたんでしょうか?」
「見覚えのない相手だった。容姿と言っても、頭から口まで布で隠されていたからほとんど分からなかった。見えていた皮膚が皮膚炎のように剥がれかかっていたので、おそらくそれを気にして布で覆っていたのだろう。背丈は私よりも頭ひとつ小さいくらいだった。」
「最後に、この小屋は見張りもなく、いつでも逃げられると思いますが、なぜ別の場所に行こうとは思わなかったのですか?」
ルイスはしばし黙考した後、静かに答えました。
「これは私にかけられた罰なんだ。仲間を見捨て、自分だけが帰ってきた私が一人だけ自由を手にするなんて許されるわけもない。誰かに許されたとしても、私自身が私を許さないのだ。 さて、もういいか?私は絵を描きたいのだ」
ルイスは空になったカップを机の上に置いたまま、元いた絵の場所に足を進めた。
その背中にメアリーは「えぇ。どうぞ。」と答えるも、聞こえているかどうかは不明だ。
「夜が明けるまではここにいるといい」
そう一言だけいうとまた一心不乱に絵を描きだした。
美しい人魚の後ろ姿の絵を。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます