第二話 マーメイドの呪い 11

外はもうすっかり日が落ちてしまった。

ジェフの忠告通りこの暗闇では夜この家までたどり着くのは不可能だっただろう。

壁に描かれた人魚の絵を見ると、完成した絵の上からまた同じように色を重ね続けている。

もう数時間ここにいるというのに手は止まる気配はなかった。


「完全に気をやってるんじゃないか?」


「そうかもね。海で一人での生活からやっとの思い出故郷に帰ってみれば隔離されて囚人生活だなんて誰だっておかしくなるわ。」


「気の毒な話だ。昔話を知りながらも戻ってきたということは迷信を信じてなかったんだろう?もし村の連中も冷静な判断が出来てたら今頃は」


「いや、村にいなくて良かったんだ。」


迷信を信じたせいでとんだ被害にあったのだというエドワードにキマイラは村の状況が現在どうなっていたのか話した。

思った以上に状況は悪く、あの場にいたらいつ死んでもおかしくはないと思うほどの状況だった。だから、確かに迷信に振り回されて山奥に追いやられたアーネットの友人は気の毒ではあるが刑を受けて隔離されたからこそ気を病んでも生きていられると思うとこの状況は良かったのかもしれない。。


「アーネットやジェフが村の状況を話していたが、そんなに酷かったのか。」


「まるで地獄よ。」


メアリーは村の状況を思い出して涙ぐんだ。

膝の上に置いた両手を睨むメアリーに複雑そうな表情を浮かべながら手を伸ばすエドワードだったが、キマイラと目が合いメアリーの頭に届く前に手を引っ込め自分の首を抑えた。


「無理しすぎだ。」


その様子を見たキマイラはにやりと笑うがエドワードに睨まれ話題をそらした。


「まぁ村は現段階ではどうにもできない。避難するのが一番だろうが、そもそもの避難するべき相手が隠れて出てこないんじゃ話にならないからな。」


「信心深いというのは時に恐ろしいものだと何故気付かないんだろうな。それで村はどうにもできないとして、ほかになにかあったのか?」


「例の船を見つけたわ。」


「日記にあったやつか?」


それは依頼を受ける際にアーネットに見せてもらった友人こと、目の前で絵を描き続けている男の日記だった。

日記では乗組員が行方不明になり一人乗りかえってきた船。

呪いの騒動でてっきりエドワードは沈められたのだと思っていたが現存するということがわかり「嘘だろ」と声をあげた。


「多分そうだと思う。そこで船の航海日誌を見つけたわ。」


「航海日誌は船だからあるとしても、呪いだなんだと怖がっておきながら船は後生大事にとっておいたってことか?」


「おそらく呪いが怖くて利用も処分も出来なかったんだろうな。」


「船に入った形跡もなかったしね。」


「いや、そうなんだけどさ。なんの罪もない人間を罰するくらいだからな。でもそれなら呪いが怖いのなら普通沈めるだろう。いや…だが、俺たちにとってこの状況は好都合だ。航海日誌も見つかったのならもう大体の座標は分かるし、座礁やなにかの事故だったら船に何らかのダメージもあっただろう?船はどうだったんだ?損傷とかあったのか?」


「通常の劣化だけで損傷はなかったわ。それよりあの船は漁業船じゃないわね。どちらかというと海賊船」


「海賊?」


海賊だなんてそんなのありえない!とエドワードは一括するだろうと思っていたが、エドワードは興味津々に聞き返した。

珍しくくいつくエドワードにキマイラは机に両肘を置き前のめりで話した。

まるで宝探しに行く子供のようだ。


「あぁ。船の中は宝の山だったぞ。」


「本物じゃないか!髑髏のマークの旗とかもあったのか?」


「それはなかったが、金でできた望遠鏡や羽ペンがあって地図には×印が書かれてたぞ」


確かに海賊は実在する。そのことはエドワードだって知っているからこそ盛り上がるのだが、「ただの犯罪者」じゃないかと言わずなんだか憧れを感じるのは気のせいだろうか?それがロマンという者なんだろうか?

考えた挙句一周してどうでもよくなったメアリーが話し込む二人の会話を中断した。


「続きに戻っていい?」


「あぁ。海賊船だったとして、村の連中はそれを知らなかったのか?知ってたら財宝は持ち出すはずだよな?だが村から出した船だという話だから知らないわけもないだろうし。」


そもそもからおかしいのだ。

一隻の船が行方不明になり、その捜索に漁師たちは人を募り船をだして探しにいったはずなのだ。

あの一隻だけが偶然海賊船だったのか否かは村にある他の船を一隻もみていないからなんとも言えないが、普段漁師として仕事をしているのならあの内装はあまりにおかしい。

あの船はそもそも漁をする船ではないはずなのだ。


「おかしな話だろう?ちなみに話を聞こうにも村で会えた住民は一人だけだ。後は生きているのか死んでいるのかさえも分からない。遺体は沢山あったがな。」


「なんだよそれ。怖いな。」


「ふっ、こっちで良かっただろう?私に感謝するがいい。」


「しねーよ。こっちだってこの状況だ。一人でこの状況にいて怖くないと思うか?」


なにやらボソボソと言いながら一心不乱に書き続けている。

最初こそ遠慮して立っていたがあまりに気づいてもらえず、三人はすっかりくつろぎ勝手にコーヒーまで入れて待っている状態になっていた。


「ふん、あっちよりはましだろう。」


「それで?誰も中に入っていないということは乗組員の遺体はまだ船にあったのか?」


「なかったわ。遺体を運んだのなら財宝に気付くだろうしね」


「だが、最初の船はわざわざ探しに出たんだろう?」


「その船は呪われていないと思っていたからじゃないかしら?」


「村の人間なんだから同じだろ。とにかく、本当に乗組員がいなくなったってことか」


「あの人はどうやら幻覚を見ていたわけじゃなさそうよ。」


「人魚の歌声云々はてっきり幻覚だと思ったんだけどな。人魚でないにしろただの難破じゃないってのか」


「船底は見れないから何とも言えないけどおそらくは渦潮や座礁ではないと思うわ。それなら呪いだと放置された遺体はあるはずだもの。」


「遺体はない」


予想外の場所からその返事が来て三人は慌ててそちらを見ると、先ほどまで絵を描き続けていた男がこちらをじっと見ていた。

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